アームシップ

 ――まったく。


 ――いつ来たって、ここはただっ広いな。


 十二年のブランクを経て、これだけの鉄火場へ飛び込んでいるというのに、そのような感想を抱く自分が好ましい。

 ベックにとって、これは良い状態である。

 実に……程よく、緊張できているからだ。


 極限の緊張状態というものを、ベックはあまり好んでいなかった。

 つまるところ、それは目の前にある事柄以外、頭に入っていない状態だからである。

 言い換えれば、視野が狭くなっているということ……。


 だから、適度に他のことへ頭を回しているくらいが、丁度いい。

 いうならば、これは、緩急だ。

 最大の集中力が必要とされるその瞬間まで、心も体も緩め……。

 いざ、力を発揮せねばならぬという瞬間に、コンセントレーションを爆発させるのである。


 集中状態のオンオフという、トップアスリートでも難しいとされる行為。

 かつて、死神と呼ばれていた時代、ベックはその領域へと到達していた。

 そして、今また、その力を取り戻しつつあるのが、実感できているのである。


 さておき、だ。

 大鎌の切れ味を取り戻しつつある死神が踏み入ったのは、セントラルタワー中層部内のショッピングエリアであった。

 ここもまた、フードエリアに負けず劣らずの広大さを誇るが……。

 特徴的なのは、その広さが、縦においても存在することであろう。


 いや、ただ天井が高いだけではない。

 本来、無機質であるはずの天井や内壁が映し出すのは、惑星ロピコの夜空であり……。

 エリア内には南国の植物が植え付けられ、軌道エレベーターの内部というよりは、リゾート地の繁華街にでも迷い込んだような印象を与えられるのである。


 ちなみにだが、天井と内壁が映し出しているのは、実際の空を投影したものであり……。

 内部の光景もまた、もしも惑星唯一の島にショッピング街が存在したら……というIFを形にしたものであった。


 広大な海とちっぽけな島からなるロピコにおいては、どうしても選捨選択というものが必要である。

 観光資源である景観を守る意味も込め、ロピコ政府は島内にショッピングストリートを作ることは諦め、代わりに建造が必須である軌道エレベーター内部にこの夢を託したのであった。

 実際、訪れたセレブたちは、こぞってこの場所で金を落としており、ニュースでそのことを見るたび、ベックは己が店との落差に溜め息を吐いたものである。


 ――また、ここに隠れ潜んで。


 ――少しずつ、連中を削りながら上へ向かう隙をうかがうか。


 元より、単独での戦いであり、選択肢などそう多くはない。

 足元に転がるモノ――ここを守備していた海賊の死体から、素早く小銃のマガジンを剥ぎ取り、決断した。


 本来ならば、ひと息により上のフロア――劇場へと乗り込みたいのがベックの本音だ。

 しかし、現段階でそれをすれば、待ち構えた敵の手により集中砲火を受けるのが目に見えており……。

 フードエリアからこのショッピングエリアへ進出した時のように、どうにかして隙を生み出す工夫が必要なのである。

 それをすべく、ショッピングエリア内の手近な遮蔽――どこぞのブランドショップへ向かおうとしたベックであったが……。


「……む?」


 すぐに、異変へと気づく。

 物音や異臭など、五感で感じられる兆候があったわけではない。

 ただ、肌が粟立つような感覚を覚えたのだ。

 そして、こういった感覚がある時というのは、決まって、自身の生命をおびやかし得る脅威が迫っている時なのである。


 付近に、敵兵の姿はない……。

 となれば……。


「ええい――!」


 ただちにブランドショップへと入り、無人のカウンターへ飛び込む。

 それから、頭だけを突き出して、ウィンドウ越しに外の様子をうかがった。


 ――ズッ!


 ショッピングエリアの内壁……。

 ロピコの夜空を投影していたスクリーンが、突如として映像を失い、単なる液晶へと変じる。

 ばかりか、少しずつ……風船や焼けたモチのように、内側へ向けて膨らみ始めた。


 ――オッ!


 そして、膨らんだ液晶内壁は、超高温により溶解しつつ……ついに、弾けたのだ。


「ぬうっ……!」


 ブランドショップのウィンドウ越しにすら、外へと向かおうとする風が感じられる。

 実際、店の外では、植えられていた南国の植物たちが、風圧により根ごと引き抜かれ……。

 壁に開いた穴の向こう側――地上七百メートル以上の空へと、吹き飛ばされていた。

 もし、少しでも躊躇していれば、ベックも同じ目にあっていたことだろう。


 地上と同じ気圧に保たれているタワー内部と、高高度の外部……。

 両者に存在する気圧差が、このような現象を引き起こしたのだ。


 そして、哀れにも吐き出されていく植物や、ベンチなどの備品と入れ替わりに……。

 外部から、ショッピングエリア内へと入りこんでくる巨影があった。


 全長は、二十メートルに達するか否か。

 流線形のボディは航空機のそれを彷彿とさせるが、翼というものがなく、後部の大型ブースターと、各所に配置されたアポジモーターで推進力を確保しているのが特徴的である。


 つまりそれは、地上も宇宙も問わない飛行能力が存在するということ……。

 全領域対応型の戦闘機であるそのマシーンだが、真価は、飛行能力ではない。

 隠れ潜みながら見ていると、機体の各部が、驚くべき速さで変形していくのだ。


 後部の大型ブースターは、両脚に……。

 機体下部は両腕へと変じていき、下部に固定されていたフォトンカノンも右手に保持される。

 機体上部に集約されていた各種センサー類は、人の頭部を思わせる形に変わっていき……。

 ついに、完全な人型へと変形を果たした機体が、ショッピングエリア内へと降り立った。


「……アームシップ」


 ――軌道エレベーターへの攻撃。


 人類にとって禁忌といえる行為をしながら突入してきたマシーンの名が、これである。

 そう、アームシップが持ち合わせているのは、大気圏の内外を問わず飛翔可能な能力のみではない。

 戦闘機形態から人型へと変形することにより、陸上での活動能力も得ており、格闘戦まで可能としているのだ。


 まさに――万能の兵器。

 それこそがアームシップであり、現在の銀河において戦いの主役となっているのも当然なのであった。


「ハワードといったか。

 ……なかなか、思い切った手を打ってくるじゃねえか」


 ブランドショップ内のカウンター裏……。

 隠れ潜むベックの口元が、にやりと歪む。


「ありがとよ」


 不意打ちを逃れた以上、もはや、これは窮地ではない。


 ――好機だ。

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