クッキング 後編
セントラルタワーが目当てとしているのは、惑星ロピコに訪れた観光客たちであり……。
それは必然、この時世で旅行を楽しめるセレブたちということになる。
ならば、フードエリア内に出店しているのも高級な飲食店ばかりだろうと思えてしまうが、そうではない。
中には、銀河の誰もがその名を知っている有名バーガーチェーンの店舗も存在するのであった。
「なあ……。
ここって、高級リゾート惑星だろ?
なんでそこのセントラルタワーに、こんなありふれたハンバーガー屋があるんだ?」
侵入者の捜索へ駆り出されたチームのひとつ……。
Bチームの一人が、そんな疑問を口に出す。
答えたのは、また別の男だ。
「そうさなあ……。
やっぱり、セレブだってここのバーガーが好きなんじゃねえか?
オレは、てりやきバーガーが好きだ」
「オレはフィッシュバーガー」
「チーズバーガーだな」
それは、あるいは緊張状態から逃れたい心の動きなのかもしれない。
フードエリア内の通路で、油断なく小銃を構えながら歩いていた男たちが、次々と好きなバーガーの名を口に出す。
「お前ら、少し緩み過ぎじゃねえか?」
さすがに、苦言を呈したのが、一応のまとめ役としてチームを任された男であった。
「まあ、いいじゃねえかよ。
タワー占拠してからこっち、ずっと緊張しっぱなしだったんだ」
「そうそう、適度な軽口は、かえって集中を高めるってな」
「それで、お前は何が好きなんだ?
まだ聞いちゃいないぜ?」
そう聞かれ、観念して口を開く。
確かに、このくらいの軽口は許されるだろう。
「ポテト。Lサイズだ」
「おいおい、そいつはズルだろう!」
「それを出されちゃ、誰も勝てないぜ!」
「サイドメニューはなしだ! なし!」
次々と非難の言葉を向けられるが、それに耳は貸さない。
「誰もバーガー縛りだなんて言ってなかっただろう? 勝負だって、した覚えがない。
オレは、ここのポテトが好きなんだ」
「まあ、オレも好きだけどよー。
それで、なんの話だったか?
なんで、セントラルタワーに、こんなバーガー屋があるかだっけ??」
その言葉で、軽口は最初の話題へ回帰する。
「それなら、さっき言ったみたいに、セレブだって、ここのバーガーが好きなんじゃねえか?
毎日食ったって、簡単には飽きねえしよ」
「ああ、それかもしれねえな」
何か、答えを得たというその言葉に、警戒は続けながらも、一同の視線が一瞬だけ集まった。
「だってよお。
ここの観光客たちって、結構な長逗留するもんだろう?
毎日毎日、お高い料理ばっかりじゃ、そりゃ飽きだってくるだろうさ」
「それで、こういう店の出番ってわけか……」
その説は、おそらく当たっていると直感できるもので……。
なんとも言えぬ空気が、Bチームの中へと漂う。
その感情を言葉にするのならば、呆れとか、羨望といったものになるだろうか。
「なんだかな……。
高級料理と高級料理の間にある……あれだ。
箸休めってやつか?
そう考えると、随分と贅沢な使い方してるように思えてくるな」
チームの一人が、そう言ったように……。
たかがハンバーガーといえど、自分たちのような食いっぱぐれ出身と富裕層とでは、位置づけというものが明確に異なるのである。
銀河に存在する生まれながらの格差……。
それを、否応なしで感じさせられる話であった。
「でもよ。
そう考えると、気分がいいな」
「なんでだ?」
尋ねられた男が、口元を歪ませる。
その笑みは、どこか卑屈な……暗い喜びを秘めたものであった。
「だってよ。
そんなお高く止まった連中が、今はオレらの言いなりなんだぜ?
生かすも殺すも、こっちの匙加減次第なんだ」
正当なやり方で、上下関係を逆転させたわけではない。
暴力という無法に頼っていることは、百も承知している。
だが、本来ならば影すら踏めぬような相手たちが、自分たちに怯え、牧畜される動物のようにひと所へまとめられているというのは……なるほど、どこか胸がすがすがしくなる事実であった。
「まあ、オレらっていうか、ハワード様の匙加減だけどな。
でも、確かにそいつは……気分がいい」
なんとなく、それで話にひと区切りがついた気分となり……。
暗黙の了解として、雑談は終了となる。
「それじゃ、セレブ様たち御用達のハンバーガー屋に、踏み込むとしますか」
「ああ」
各員の小銃は、抜かりなく死角を殺すように向けられ……。
先頭の男が、ハンバーガー屋の中に踏み込む。
自動ドアがスライドした先は、当然ながら無人であり、店員の笑顔も、完成したバーガー待ちで待機する客たちの姿も存在しない。
ただ、代わりに存在するもの……。
「……臭いな」
それは、店内に漂う異臭であった。
まるで、玉ねぎを腐らせたような……。
どうにも鼻につく臭いが、充満しているのである。
この臭いは、疑うべくもない。
「ガス漏れしているのか?」
「あり得るかもな」
チームの一人が、店内に向けクリアリングしながらうなずく。
「タワーを占拠した時は、客も店員も問答無用で叩き出したからよ。
どいつもこいつもあわくってたし、ガスの閉め忘れくらいあったって不思議はねえ」
それは、ひどく納得のいく推測だった。
フードエリアの占拠には、今はBチームとして編成された自分たちも加わっており……。
文字通り、ほんのつい先ほどに行われたそれらの光景は、たやすく思い返せるのである。
「にしたって、教育ってもんがなってないよな。教育ってもんが。
どこへ行くにしても、元栓閉めとくなんざ常識だろうが」
その余裕をなくさせた当人である事実は棚に上げ、チームの一人が呆れ声を漏らす。
「まあ、セレブ御用達だろうがなんだろうが、こういう所で働くのは、かき集められたバイトやパートだろ?
質に期待するのが間違いってもんさ」
「そういうもんかね。
それじゃ、使えないバイトたちの尻ぬぐいでもしてやるとしますか」
「ああ、火事でも起こったら、もっと仕事が増えちまうしな」
それで、全員の意見が一致し……。
どれだけ未熟な人間でも、スピーディーなバーガーの提供を可能とするシステムキッチン内へと立ち入った。
無論、調理台や各種マシーンの影など、人が隠れ潜み得る場所へのクリアリングは忘れない。
だが……。
「銃は使えないな。
……ガスが充満し過ぎている」
「というか、元栓を閉め忘れていただけで、こうまでガスが漏れ出すもんか?
詳しくはないけど、安全装置みたいなものもあるだろ?」
「ああ、まるで――」
そこで、全員の意識がひとつとなる。
――何者かが。
――あえて、ガスを充満させたのではないか?
――そして、自分たちがノコノコと踏み入るのを、待っていたのではないか?
皆が、その推理へと辿り着いたのだ。
「おい、今すぐ――」
その言葉を発するよりも、視界が猛炎に包まれる方が早かった。
--
内部からの爆炎に、押し出されるようにしながら表へ転げ出す。
自分まで巻き込まれるようなドジを踏むベックではなく……。
調理着には、焦げひとつ存在しない。
振り向けば、客をスマイルと共に迎えるべき自動ドアが、熱と衝撃にひしゃげ、溶けた飴細工のような姿を晒していた。
「特別メニュー……海賊の丸焼きセットだ」
すぐに、轟音を聞きつけた連中の仲間が押し寄せることだろう。
それを迎え撃つべく、死神は即座に立ち去ったのである。
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