クッキング 前編
セントラルタワー中層部は、軌道エレベーター内部という言葉の響きだけでは、到底想像し得ぬ広大な空間である。
何しろ、内部にはショッピングストリートを初め、映画館や劇場など、様々な施設が階層を隔てながら存在しており……。
平時においては、万を超す観光客たちが、ここで買い物や行楽などを楽しんでいるのだ。
それはつまり、ひとたび侵入者が入り込むことを許せば、隠れ潜む選択肢が無限に存在することを意味していた。
「こちら、Aチーム。
敵はまだ見つかってない」
アルファベットを割り振っただけの簡易的な討伐隊……その筆頭であるチームを率いた男が、インカムに向けてそうつぶやく。
周囲に存在するのは、レストランやファストフード店など、様々な飲食店である。
普段ならば、満席は当然。
店外の通路に至るまで、空き席待ちの行列ができているだろうそれらの店舗は、軒並みが空席であり、ガラリとした……一種不気味な様となっていた。
これらの店で働くスタッフも、利用していた観光客たちも、その全てがフロアの中央部――フードコートへと集められているのである。
「どうする?
店の中も、ひとつひとつ当たってみるか?」
各店舗の入り口に向け、油断なく小銃を構えた仲間の一人が、そう尋ねてきた。
「……そうするしか、ないだろうな。
中層部に入り込んだなら、まず、足を踏み入れるのがこのフードエリアなんだから」
「隠れるとしたら、店の中ってことか」
「つっても、敵は多分、一人っきりなんだろう?
出てきたところを、蜂の巣にしてやればいい」
「ああ、殺された連中は不意を突かれたが、オレたちはそうじゃない。
仲間の仇を取ってやろうぜ」
侵入者という、不測の事態……。
それに対し、五人からなるチームのメンバーは、いずれも楽観的な態度である。
だが、それは当然のことだ。
こちらは、数において圧倒的に勝っているのであり、不意打ちにさえ気をつけていれば、たった一人の侵入者など恐れる必要がないのだから。
無論、侵入者を始末するに当たって、一人二人の犠牲者が出る可能性はあったが、チームのいずれも、自分がそのようなドジを踏む可能性は考えていないのであった。
口では仇を取ると言いつつも、実態としてはその程度の繋がりに過ぎないのが、青の海賊団であり、これを率いるハワードは、そのような組織にこの海賊団を作り変えたのである。
「それじゃあ、まずはどこから攻める?」
「……あのスシ屋にしようぜ。
ロピコは、海の幸が豊富だって話だからな」
「はっ! そりゃいい!」
短いやり取りを挟んで、最初に踏み込むべき店が決まった。
その店は、おそらく、観光ガイドなどにも立ち寄るべき店として名を挙げられているのだろう。
木を多用した佇まいは、いかにも本格的なジャパン様式で、一見しただけで高級店と分かる雰囲気をかもし出している。
スシといえば、ダイナーの親戚みたいな店しか知らない男たちにとっては、ある種、未知の世界にある店といえた。
「それじゃ、カバーを頼むぜ」
先頭の男が、ガラリという音を立てながら、ジャパン様式特有のスライドドアを開く。
踏み入ると同時に感じたのは、足元の違和感である。
「ん?」
ちょうど、踏み入った男の足首に当たる位置……。
そこに、タコ糸のようなものが、ピン……と張られていたのであった。
そして、それは無造作に蹴り上げられたことによって、張力を失い、一気に緩んだのである。
すると、どうなるか……?
踏み込んだ男の頭上から、吊るされていた包丁類がいくつも落ちてきたのだ。
「うおおおおおっ!?」
なるほど、高級店なだけなはあり、厨房にあったのだろうこれらは、実に鋭く研ぎ澄まされている。
それが自由落下して頭上から降り注いだのだから、頭や肩から血を吹き出した男は、たまらず痛みに呻くこととなった。
これがもし、完全装備の軍隊であったのなら、ここまでの痛手は受けなかったに違いない。
ヘルメットやボディアーマーが、包丁の刃を防ぎ、軽症で済ませてくれたはずだ。
しかし、そこは海賊稼業……。
彼らの装備は、それぞれが手にした自動小銃を除けば、路地裏の悪漢と変わらぬ軽装でしかない。
実際、現在青の海賊団を構成する者たちは、ストリートチルドレン出身者や、辺境惑星の食いっぱぐれなど、到底、兵としての精強さを期待できる者たちではなかった。
古くから海賊団に参入していた古参を追い出すと共に、組織の急拡大を目指した結果、ハワードはそういった悪貨と呼ぶしかない人材を、積極的に取り込んでいったのである。
それが、この結果だ。
「あぐうううううっ!?」
頭部に負ったいくつもの刺し傷から血を吹き出し、肩には包丁が刺さったまま、先頭の男が苦悶の叫びを上げ続けた。
後続の男たちは、あまりに簡素なブービートラップと、それが起こした結果に、しばし硬直していたが……。
「罠だ!」
「ちくしょう! どこに隠れてやがる!」
ようやく、冷静さを取り戻して、スシ屋の内部へと押し入る。
だが、それこそ、このトラップを仕掛けた者の狙いだったのだ。
「――うっ!?」
他の者たちが内部へ入った結果、最後尾へ位置することとなった男……。
ブービートラップを受け、痛みに呻いていた男の声が、プツリと途切れた。
「……?」
そのことに疑問を感じ、振り向いたのは、最後に店へ突入した男である。
彼が、目にしたもの……。
それは、しゃがみ込んでいた海賊の首に後ろから包丁を突き入れ、ゆっくりとこれを引き抜いていた人物の姿であった。
筋骨隆々な……タフという言葉がふさわしい人物である。
頭はつるりと禿げ上がっており、猛禽類のごとき鋭い眼差しは、中年期の老いというものを感じさせない。
顔に刻まれた深いしわは、このような修羅場をいくつも乗り越えて得たものだろうと、直感させた。
着込んでいるのは調理着で、その格好を見れば、スシ職人のようにも思える。
ただし、本来ならば純白であろうそれは、返り血によって赤く染まっており……。
包丁を手にするばかりでなく、首にはベルトで小銃を吊り下げ、腰に拳銃も差していた。
「う、うおっ――」
おそらく……。
この怪人物――侵入者は、ブービートラップが仕掛けられたよりもさらに上へと貼り付き、自分たちが店の中へと押し入るのを、待っていたに違いない。
そして、いよいよ全員が入ってきたと見るや、音もなく着地し、同時に一人を始末する……。
ここは、スシ屋ではない。
獲物を一方的に殺戮するための、狩り場であったのだ。
「………………」
侵入者に、言葉はない。
それどころか、動きの全てに、一切の無駄がない。
それは、思わず見惚れてしまうような……。
紛れもなく、プロフェッショナルの動きであった。
反応し、銃口を上げる暇もなく、海賊は喉元を刺し貫かれ……。
そして、Aチームに属する者たちは、いずれも同じように近接戦闘で屠られ、無力化されたのである。
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「いい包丁だ。
ありがとうよ」
時間にして、わずか十数秒……。
それだけの時間で、五人もの海賊を惨殺したベックは、そう言いながら拝借した包丁を投げ捨てた。
スシ屋を営むベックであるが、あいにくとジャパンの文字は読めない。
だから、包丁を捨てた場所……そこへ吊るされた掛け軸に書いてある『心』という文字の意味は、解せなかったのである。
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