第28話 日本人ならコレだろ!

「たのもぉ~!!!」


長峰美姫が勢いよく扉を開け放つと、そこに広がっていたのは一般の教室より広い空間だった。

少し考えれば分かるのだが、この南棟の3階は美術室と美術準備室しか無いのだ。大して使う者がいないのに無駄に広い美術室にフロアを半分以上取られたとしても、一般教室よりも若干広い43畳ものスペースがある。

普通の教室はその広さを30人以上で使用するのだが、ここはなぜか一人の教師によって独占されているのだから、広く感じるのは至極当たり前である。

これが普通の公立高校だったら、不法占拠で即刻退去命令が出るレベルだ。


「えっ、あれ? 場所間違えた。えっ、ここで合ってるよね?」


一歩後ろに下がって扉に掛かった美術準備室のプレートを見直す。その後ろでは桐生先輩が、「うんうん、わかるよその気持ち、私も初めて来た時そう思ったわ」と納得顔で頷いていた。


しかしなんだこの部屋、カウンターにソファー、テーブルって喫茶店か? 校長室より豪華で遥かに広いんだが。

するとカウンターの奥から男の人が出てきた、あれが例のおっさん教師?


「おや、どちらさまで。ん、桐生さんもご一緒?」


「あんたが、文化祭で桐生先輩にちょっかい出した人?」


白衣の男を睨みつけながら、前に出ようとした桐生さんを庇い尋ねる。


「ちょっと、桐生先輩。前に出ようとしないで、危ないでしょ」


「ああ、あの噂の件ですか。そんなつもりは無かったんですが、生徒の皆さんには誤解させてしまったようですね」


「桐生先輩に、いやらしい事したって認めるのね」


「ちょっと、美姫さん!!」


「桐生先輩は黙ってて下さい、私がカタつけてあげます!」


「いや、ですから誤解ですって、先生は決してそんな人じゃないの!」


「まずは一発ぶん殴って、それからね」


「きゃっ、鉄先生!」


素早く踏み込み目の前のおっさんに向けて渾身の右ストレート、運動部女子舐めるなよ! しかし、パンチが当たる瞬間、私の拳はあっさりおっさんの手の平で受け止められ、そのまま流すように引っ張られる。拳を掴まれ、クルリと腰に手を回されながらピタリと抱きとめられる。

社交ダンスのフィニッシュのような姿勢で時が止まる、あれ?


「まあまあ、まずは謝罪くらいさせてください。えっと……」


抱きとめられたまま、見つめ合ってしまう。えっ、良く見るとおっさんじゃなくない、ちょっと! 顔が近い、近い。なんか良い匂いする。


「な、長峰美姫です」


「はい、長峰さんですね。初めまして青桐です」


「は、はい。……ぐえっ!!」


「いつまで抱き合ってますの美姫さん!! それにいきなり鉄先生に殴り掛かるなんて!!」


桐生先輩に首根っこを掴まれて無理やり引き剥がされる。

ちょっと痛いです先輩。うわ~、ちょっとマジで痛い、首折れる~。

ヒッ、目が怖いです、凄い迫力です、さすが現役の女王様です。


「まあまあ、桐生さん。彼女の気持ちも分かりますから、離してあげてください」


「で、でも、鉄先生……」


「ねっ」ニコッ


「は、はい♡」


顔を真っ赤にした桐生先輩が、やっと手を離してくれた。

危なかった、死ぬかと思ったよ。桐生先輩、この見た目でなんちゅう馬鹿力だ。






「あらためて、すみませんでした桐生さん。文化祭で僕が軽率な行動をした所為で、変な噂になってしまって、本当にすみませんでした」


白衣姿のお兄さん?教師が、真剣な目で頭を下げて謝罪してきた。へぇ~、ちょっと格好いいじゃない、少し見直したわ。(なんで上から目線)


「ちょ、頭を上げて下さい鉄先生。全然、先生が謝るような所はありませんわ。こちらこそ美姫さんが、とんでもないことを」


「桐生さんは、とても後輩の方に慕われているんですね、羨ましいです」


「ふふん、当たり前です。この方を誰だと思ってるんですか! 女王様ですよ、女王さま!」


「美姫さん!!」


「はは、まぁ立ち話しもなんですし、お茶くらい出させてください」




青桐先生が小さなフライパンに京番茶をざらざらといれて弱火にかける、しばらく煎っているとお茶を焙じた良い香りが鼻をくすぐる、そうそう、お茶屋さんに行くとこの香りがするんだよね。

2つの薬缶にそれぞれ違う水をタパタパと注ぎ火に掛けている。ん?、水の種類が違うのか? やがてシュンシュンと薬缶が鳴り始めると、温めていたティーポットに今度は紅茶を入れ沸騰したお湯を注いだ。次にこれまた温めた急須に、先ほどの焙じた茶葉を少し多めに入れ、熱湯を注ぐと茶葉がシュワと小さな音をたてて広がる。30秒位経つとこれまたどこから仕入れたのか、お寿司やさんでよくある魚の名前が一杯書かれた大きな湯のみについでいく。


「どうぞ」


桐生先輩の前には、お洒落なカップに入ったちょっと淡い色のダージリン。

私の前には大きな湯のみで焙じ茶がデンと出された。何この差は? 

お茶請けには、艶々とまるでべっ甲のような輝きの栗羊羮が添えられている。ごくり。

桐生先輩が上品に栗羊羮を一口とり、紅茶を口にした。うむ、なんとも様になる、これがエレガントというやつだな、私にはとても真似出来そうもない。


「和菓子にダージリンとは……でも、なかなか合いますわね。この少し緑茶っぽい色合い、もしかして初摘のダージリンですか?」


「さすが、桐生さん。分かりますか、ちょっと鮮度が心配だったんですが」


「いえ、全然味が落ちてません。びっくりしましたわ」


おぉ、隣でセレブな会話が始まったぞ、なんの話しだ?

私は栗羊羹に楊枝を突き刺して、塊をそのままポイッと口に放り込む。おおう、これはまた美味い羊羮ですな、栗のモチッとした食感に小豆餡が絡んでなんともいえない。つづいて焙じ茶を啜る、色が濃いので渋いかと思っていたが、すごく軽い口当たり。なによりお茶の芳ばしい香りが良い。熱々のお茶に栗羊羮、これは最強の取り合わせじゃないか!


「いい食べっぷりですね。羊羮もっと切りますね」


「うぐっ、じゃあもう一切れ」


がっついて食べていた所を見られて、少し恥ずかしくなった、誤摩化すようにおずおずと空になった皿を先生に手渡す。

食い意地張ってると思われたかな、恥ずかし~!


だがお代わりで貰った栗羊羹を前に、羞恥心を感じてる暇はない、口が催促してくるのだ。すかさず楊枝を刺して放り込む。


「んん~、美味しい~!!」



あれ? 私、何しにここに来たんだっけ?

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