第15話 桐生美鈴の錯乱

「オオォーーーーッ!!」


文化祭3日目、体育館に大きな歓声が響く。


高々と放り上げられた白球に、しなやかな肢体が迫る。空中でCの字を描いた身体から放たれるのは、強烈なジャンピングサーブ。

鋭いドライブのかかった白球はネットギリギリを掠め、見事1番のボードを撃ち抜いた。

着地の際に揺れるポニーテールと胸が非常に悩ましい。めくれ上がったユニホームから覗く白いお腹は一体誰に向けてのサービスだろう、男達の歓声が瞬間大きくなった。

スパイクアウト、1番から6番の的をノーミスで撃ち抜いた瞬間である。

(スポーツバラエティ番組でお馴染みの的を撃ち抜く球技?)


パチパチパチパチパチパチパチパチパチ


一瞬の静寂の後、体育館を拍手の音が埋め尽くす。


「以上。女子バレー部キャプテン、桐生美鈴の見本演技でした!!」


「さあ、皆んなもチャレンジしてみよーーーっ!!」




赤色のユニホーム姿で微笑みと共に右手を振って拍手に応えると、会場の男子生徒から再度オォーと野太い歓声が上がって少しビクッとなる。

うん、この盛り上がり方なら、今日の文化祭も大丈夫でしょう。


「桐生先輩、ご苦労様です。タオルです」


「ありがとう」


後輩からタオルを受け取り、一息つく。


「ノーミスで6枚抜きなんて凄いです、桐生先輩!!」


「1回でもミスすると集中力が切れてしまうので、内心ヒヤヒヤでしたわ」


そう、私のメンタルはまだ弱い。一度崩れるとなかなか立て直しが効かなくなる。

去年見た黒崎会長の、連続50回スリーポイントシュートのような化物じみた集中力にはまだ遠く及ばない。

ベンチに座り膝をアイシングしながら考える、今でこそ運動部の纏め役なんてやっているが、黒埼会長がバスケットを続けていればこの役は当然彼女がしていたはずだ。

私は彼女の存在に追いつこうと、必死になって練習するだけの凡人なのだから。

ここ最近、よく黒埼会長と一緒に行動することが多くなっているのだが、彼女は本当に良くわからない、体育の体力測定では、100m走もソフトボール投げもぶっち切りでトップの記録を叩き出すし、ジャンプ力なんてまるでバッタのようだ。(失礼な)引退しても未だに、これだけの身体能力を誇る彼女は、本当にもうバスケットボールの世界に戻る気は無いのだろうか。

毎日、生き生きと生徒会の業務に励む黒埼会長、まるっきり未練を感じさせないその姿は、いつも笑顔に溢れていてとても眩しい。


いいや、彼女に未練があるのは私の方だ、私も自分を変えていかなくちゃ駄目なんだ。


「よしっ!!」


ウジウジ考えても仕方ない、今は文化祭を楽しむこにしよう。頬を叩き、軽く気合を入れつつロッカールームに歩き出した。







文化祭の喧騒を離れ南棟の3階。黒い扉の前に立つ、そう言えばここに一人で来るのはあの日以来か。


「鉄先生、桐生です。いらっしゃいますか?」


ちょっと重い扉をそぉ~っと開けて中を伺う。あっ、居た。



「寝てる?」


窓際のソファーに、いつもの白衣姿で鉄先生が横になっていた。近づいてみると、静かに寝息を立てて眠っている。

初めて眼鏡をしてない先生を見た。まつ毛長いなぁ、眼鏡を掛けている時は知的な感じがするけど、外してると結構あどけない感じでかわいい。何歳でしたっけ? 昨日は屋台の手伝いでバリスタなんてやってたから疲れてしまわれたのかしら?

気持ち良さそうに眠っている鉄先生を、じっと見つめる。男性の寝顔をこんなにしっかり見つめるのは初めてでちょっとドキドキしてくる、もっと近くで見たくなって顔を近づけると、もっとドキドキしてきた。

視線が鉄先生の唇から目が離せなくなって、さらにドキドキした。ふとキョロキョロと辺りを見渡す。


ちょっと、私ったら何考えてるの。それは駄目でしょう。でも……


10cmと離れていない距離に先生の整った顔が迫る、いや、迫ってるのは私の方でしょ。

落ちてきそうな自分の髪の毛を咄嗟に右手で抑える。

えっ、私何しようとしてるの、起きて鉄先生。近い、近い、間に合わなくなっちゃう!!


「鉄先生……」


チュッ


小さく呟いて私は、先生の唇に自分の唇を重ねてしまった。


わ~~~~~っ、やってしまった~~~~~!!!!!

えっ、何、私そんなに鉄先生が好きなの? ファーストキスよ、言い訳出来なくない。

しかも先生の同意もなしに勝手に!!

頭を抱えてあ~う~と転げ回って悶絶していると、鉄先生が目を覚ましてしまった。



「んん、……あれ。桐生さん?」


「ててて、鉄先生。お、お、おはようございましゅ」


「あれ、僕寝ちゃってた。ごめんね」


「いえ、私も今、ちょ~~~ど、今。来たばかりですわ、絶対に!!」


「?、?、まぁいいか。昨日は生徒に混じって張り切りすぎちゃって、疲れて寝落ちしちゃったみたいだ」


そう言ってソファーから立ち上がった鉄先生は机に置いてあった眼鏡を掛けると、カウンター奥の冷蔵庫からエビアンを取り出して、薬缶に火を掛けた。


「眠気覚しに、紅茶でも淹れますか。桐生さんも飲むでしょ」


「は、はいっ! いただきますわ!!」


あぁ~~、駄目。私ったら鉄先生の唇から目が離せなくなってる~。





カウンターに置かれた2つのティーカップが湯気を立てる、鉄先生はストレート、私のはラテになってる。

濃い褐色で強い香り。

横に置かれてるのはフォートナム&メイソンの缶、アッサムかな?


「昨日はエスプレッソ尽くしだったから、紅茶もいいですよね」


そう言ってカップを口に付ける鉄先生。紅茶で潤いを戻した唇がツヤツヤと艶めかしい。ちょっとカサついてたもんねって、あぁ~~~感触まで思い出しちゃった。

私は慌てて自分のティーカップに口を付ける。あ、強いコクと深い褐色、やっぱりアッサムだ、きめの細かいフォームドミルクがとても良く合う。


「セカンドフラッシュのアッサムですが、眠気覚しにはちょうどいいですね、やっと目が覚めてきましたよ」

「そう言えば、桐生さん。どうしてここに、何かご用でしたか?」


「いえ、自分の部の出し物が落ち着いたので、先生の紅茶が飲みたいなぁと思いまして」


「それはちょうど良かった、いかがですか紅茶のお味は。ちょっと甘かったですか」


「甘! いえ、とっても美味しいですわ!」


も~う、ドキドキが止まりませんわ!! どうしましょうったら、どうしましょう。

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