第37話 江戸川の乱3

湯煙が立ち昇る水面、天然石で囲まれた湯船、無色透明のお湯が白い肌を優しく包み込み熱を伝えてくる。

お湯の感触を確かめるように二の腕をさする、筋肉が付いているのか心配になるほど華奢で白い足が、お湯の中でゆらゆらと艶かしく泳ぐ。ほんのり桜色に染まり始めた首筋に川風が当たり、火照った顔を冷やしてくれるのが心地良い。


「ふぅ、のぼせちゃいそう。先に上がりますね、青桐先生」


「お、おう」


サラサラとなびく髪と薄めの唇から漏れる吐息には色気すら混じり始めている。手ぬぐい一枚で胸元を隠しながら脱衣所に向かう後姿を眺めながら思う。



「なんで、夏君は男のくせにあんなに色っぽいんだ?」



しば なつ、生徒会書記の1年生の男の子で、その保護欲を誘う可愛い容姿は、学院のお姉さま枠に人気が高い。クラスメイトの長峰美姫からは、ひょろっちいとの低い評価を受けているが美少年と言って差し支えないだろう。黒崎明日菜の強さに憧れ生徒会入りをしたが、未だその身に筋肉がついた気配はまったく無い。





カランコロンと下駄の音。


「川風が火照った身体に気持ち良いですね」


「鉄先生、まゆの浴衣姿どうですか~」


「江戸川あんた浴衣、はだけ過ぎよ、この露出狂!」


温泉を堪能した後に先生となぜか江戸川も一緒に川沿いの遊歩道を歩いている、青桐先生たっての希望で対岸にある岡本太郎作の彫像を見に行く事になったのだ。万葉橋の上から眺める千曲川の雄大さに心が洗われた気分だったのだが、お目当ての岡本太郎の彫像には私も江戸川も微妙な顔を示した。なんだ、あの妙チクリンな生き物の彫刻は、さすが太陽の塔の作者だけのことはある、でも青桐先生はとても感動していたので良しとする。

そのまま足湯に寄ったり射的をして温泉街を楽しんだ後は、お待ちかねの夕食の時間だ。




「これこれ、黒崎会長もまゆちゃんも、せっかくの旅行なんだから仲良くしなさいよ」


「だって春ちゃん、江戸川が~」


ガラッ


「「「おお~っ!!」」」


「え、まゆちゃんしゃま、こ、これは」


「あらま、叔母様ったら、張り切ったわね」


まゆちゃんを先頭に黒崎会長と部屋に戻るとその光景に息を飲む、思わずまゆちゃん様って呼んじゃったよ。マーベラス!!! 卓上に置かれたのはデーンと大きな舟盛りのお刺身に信州牛の陶板焼き。松茸の釜飯に茹でたてのズワイガニ。所狭しと並べられた豪華料理にゴクリと喉が鳴る。

ハッ、無料でいいんだよね、後でうん万円の宿泊費取られないよね。横を見れば黒崎会長の目がカニに釘付けだ、会長カニ大好きなんだよね。おっ、嬉しさを堪えて悶えてる、変な踊りみたいだからやめなさい。


「それでは、今日はまゆの歓迎会に集まってくれてありがとう。生徒会役員就任を祝して乾杯!!」


まゆちゃんの音頭で宴席が始まる、なぜおまえが仕切る。


「江戸川。カニ食べていいカニ!!」


「ちゃんと乾杯しなさいよ。ちょっと、そんな物欲しそうな顔しないでよ、わかった、もう食べて良いいわよ」


「わーい! ウマッ。春ちゃん、カニが赤くて美味しいよ~~!」


「泣くな! 赤きゃ美味いのか。トマトでも食べてなさいよ!」




「ささ、先生。おひとつどうぞ」


「これは、女将自らすみません。騒がしくて申し訳ないです」


「いいえ、まゆちゃんのあんな元気な姿初めてみましたわ。いつもはもっとおとなしくて心配してたんですよ」


クイッ「お、大信州の純米吟醸ですか? 今日の料理に良く合いますね」


「ふふ、なかなか味がおわかりになりますのね。先生、これからもまゆちゃんをよろしくお願いします」


「ええ、教師として出来る限りの事はお任せください」



綺麗な女将にお酌されて談笑している先生にまゆちゃんが気付くと、素早く突撃して行く。


「あぁ~~!! 叔母様、なに鉄先生にお酌してるのよ! 私もする~!」


「むぐっ、わ、私も!」


「ふふ、若いっていいわね。板長、このお嬢さん達にカニのお代わり用意してあげて」


「あ~~~っ、会長がカニ全部食べちゃったーーー!!」


ええい、もっと静かに食えんのかこいつら、恥ずかしい。ん、信州牛ウマッ! 松茸の釜飯ウマッ! こりゃたまらん。う~っ、冬くんごめんね、お姉ちゃんだけこんな美味しい物食べて、今度お小遣い貰ったらコンビニでちょっと高い豚まん奢ってあげるからね。


こうして学院の代表たる生徒会役員の夕食は、とても賑やかなものとなった。


「あ、信州牛のステーキお代わりしてもいいですか?」

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