第33話 再会

「早く治して、またあの凄いプレーを見せてくださいね」

「怪我はどれ位で治るの、手術は成功したんでしょ」

「大丈夫、貴女ならすぐに元通りに動けるようになれるよ」

「復帰はいつ頃になりそうですか? 次のインターハイには間に合いそうですか?」


学校に顔を出すと、バスケ部の皆や取材に来た記者さん達が待ち構えていた、励ましや復帰を期待する声、楽観的な言葉、先の見えない予想、私は曖昧な笑みを浮かべてそれに応えるが、少し憂鬱な気持ちになる。

もう少しだけ一人で考える時間が欲しい。






青桐先生との再会は意外と早く、病院で出会った3日後の放課後のことだった。

その日の授業が終わって、なんとなく部活をやっている体育館から遠ざかるように屋上に上がると、青桐先生が珈琲を煎れていた。

何してんの?


「あれ、黒崎さん。どうしましたこんな所に」


「先生こそ、何してるんですかこんな所で?」



夕日が山の間に沈んで行く、長野の冬はあっという間に夜がやってくるので、世界がオレンジ色に染まるこの時間は結構貴重だ、夕日を眺めながら二人でベンチに腰掛ける、吐く息が白い。ガーディガンを羽織ってはいるが寒いものは寒い、ブルッと身体を震わせると、先生が大きなストールをそっと掛けてくれた。

あ、暖かい。


「身体を冷やさないようにしてくださいね。それにしても、どうしてこんな寒い所に?」


「ん~、何となく、夕日が見たくなっちゃって。先生こそ何やってるんですか?」


「そうですか……、僕も同じようなものですよ。冬は空気が乾燥しているから、夕日や星が綺麗ですからね」


煎れたてで湯気の上がるマグカップを先生から手渡される、ブラックコーヒーかな?

コーヒーはちょっと苦手なのだけれど、この寒さではとても有り難い。


「えっ、美味しい。何これ、コーヒーだよね」


あまりの美味しさに吃驚して先生を見た。

にっこり微笑む先生に思わずドキッとした、ちょうど夕日が赤くなった顔を隠してくれた。


「それは良かったです、寒い時に飲む珈琲は特に美味しく感じますからね」


そう言うと先生は星が見え始めた空を見上げて、満足げな表情を作った。

それから暫くは沈黙が流れる、でも不思議と心は落ち着いた。




「ねえ、先生。 私の怪我ね、想像以上に治るのに時間かかるみたいなんだ」


珈琲で湿らせて口が滑らかになったのか、先生に愚痴のような私の弱音をこぼしてしまう。



「黒崎さんは長野県の平均寿命をご存知ですか? 女性は87歳で全国トップです。黒崎さんはまだ16歳ですから、後70年近い長い時間が残されています。時にはゆっくり休むことも必要ですよ、周りから何を言われても焦る事はありません、自分のペースで歩んで下さい、貴女が一生懸命なのはちゃんと知ってますから」


「そんなもんですかね」


「そんなものですよ」


先生の気負わない自然な言葉で少し気が楽になった。

確かに今迄ゆっくりって言葉には縁がない生活してたからな、こんな事言われたのは初めてだ。

いつも先頭で走ってるのが、当たり前になっていて休む事なんかこれっぽっちも考えてなかった。

今思えば、そのせいで怪我したようなものかもしれない。

そうだよね、1年や2年休んだって私ならなんとかなるよね。




「ねぇ先生、生徒会長って私でも出来るかな?」


「僕は黒崎さんほど、生徒会長が似合う人はいないと思っています。それに何かあっても、僕が黒崎さんを支えますから大丈夫ですよ」


「な、何それ、先生が私を支えてくれるって言うんですか」


「黒崎さんは危なっかしい所がありますから、ほっとけないですからね」


そう言って先生はスクッと立ち上がり、すかっり暗くなった空を見上げた。

大きな満月が出ていて、その優しい光が私達を包んでいた。


「月が綺麗ですね、黒崎さん」


満月の光に照らされた先生を見ているとドキドキと胸が高鳴って、私は照れ隠しにカップに残っていた一気に珈琲を飲み干した。


すごく暖かくて、優しい味がして、私はその日から珈琲が大好きになった。

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