第5話 桐生美鈴の衝撃
私が初めて黒崎明日菜さんを見たのは、中学バレーの県大会の時だった。
バレー部で練習用に会場近くの体育館を借りていたのだが、バスケットボールの大会も日程が被ってたらしく、他校と合同で体育館を使う事になってしまった。
休憩中、隣のコートでバスケの模擬ゲームをしていたので私はなにげなくそれを目で追っていた、その時だった。
リバウンドでボールを奪った選手がいた。ショートヘアで背の高いとても綺麗な娘だった。
その娘はボールを奪った後そのままドリブルを開始する、流れるような高速の左右へのフェイント、緩急自在のストップ&ゴー。
瞬く間に相手チーム5人を華麗に抜き去り、最後はまるで羽でも生えてるのかと思うほど高いジャンプから、豪快にダンクシュートを決めた。
これには流石に目が点になった、中学女子でダンクとは吃驚だ。
その後のプレーも圧倒的だった、とても中学生のレベルじゃない。素人の中に一人だけプロ選手が混じっているようだった、なんだあの化物は。
プレーが進んで行くと、次第に体育館にいる全員の視線がその娘を追うようになる、会場のボルテージが上がる、うちのバレー部員も練習を忘れて見入ってしまっていた。
その強烈で華麗なプレーを見てしまったせいか、心がザワついてその日は全然練習が身に入らなかったを覚えている。
あんな風に人を惹きつけるプレーを出来る人が、世界に羽ばたいて行くのだろうと自然に思えた。
そのせいと言うわけではないが、翌日の大会でうちのバレー部は決勝で惜しくも敗れ、準優勝となった。
私の心をざわつかせた彼女が率いる中学のバスケ部は、やっぱりというか見事に優勝を果たしていた。
高校に入る。お父様の薦めもあり部活動の盛んなことで有名な九星学院に入学した。
入学式の日。校門をくぐり校舎を見上げていると、後ろから熱い風が吹いた気がして後ろを振り返ると、そこにあの時の娘が立って居た。
忘れもしないその美貌。ショートだった髪は少し伸ばしてミディアムショートになっていた。スレンダーな身体から伸びるスラッと長い脚はまるで最高級の芸術品のようだ。私の心は歓喜した、これからあの娘と同じ学院に通うのだ、身近であのプレーを見ることが出来るのだ。バレーとバスケ、競技は違えど、もしかしたら友達になれるかもしれないと思うとついつい嬉しくなってしまう。ドキドキと心臓が早くなるのが止められない。
しかし、その横にいる白衣を着たちっこい娘は誰?
「おぉ! 明日菜ちゃん、明日菜ちゃん。すっげえ美人さんがいるよ」
「ちょっと、お母さん。指差すのやめなさいよ、恥ずかしいでしょ」
「ごめんなさいね。母がはしゃいじゃって」
うわ~っ。見つめていたら、声を掛けられてしまった。
えっ、隣に居るのってお母様なの? 小学生じゃなくて。遺伝子の不思議を感じた、お父様似なのかしら?
入学して暫く経つと、黒崎さんはやはりバスケ部のエースとなって活躍していた。
当然の事だろう、彼女は高校レベルでも敵がいるような選手ではない、多分プロでも十分通用する力を持っている。
その頃から私はバレー部の練習の暇を見つけては、隣の体育館に彼女のプレーを見学しに行った。
その年は、インターハイ制覇にウインターカップ優勝と黒崎さんの活躍した話しで学院は持ちきりだった。
そして年が明けての1月、学院に衝撃が走る。
あの黒崎さんが突然バスケ部を退部したのだ。
左肘靭帯損傷。アスリートには有りがちな怪我、だがおそらく完治には半年以上掛かる怪我であることは想像できる。
それでも、冬の大会には充分に間に合うのではないか? それなのに彼女は、高校でのバスケットボールにあっさりと見切りを付け、何を思ったのか生徒会長選挙に突如出馬し、ここでも圧倒的な得票率で当選を果たした。
これには開いた口が塞がらない。なんだそれは! 生徒会長になんてなってしまっったら、あの宝石のようにキラキラ輝くプレーをもう二度と見れないじゃないか!
私の我儘なのは分かっている。
確かに黒崎さんは成績優秀だし、性格も明るくリーダーシップも有る。それに加えて、あの容姿だ。
バスケットボールじゃなくても、どんな場所にいても光り輝く存在となれる人だろう。
しかし、私はもう一度、黒崎さんのプレーを見たいのだ!! 彼女を目標に自分を高めていきたいのだ。
彼女は私の目標なのだ!!!
そう思うと、何かモヤモヤしたものが胸につかえて苦しくなる、自分の事しか考えていない自分が酷く醜く思えてしまうのだ。
教えて、黒崎さん。私は一体どうすればいいの……
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