第30話 ミステリーサークル

九星学院にも当然だが期末テストなるものは存在する。テスト前の1週間は、部活動も生徒会活動も一切禁止される事になっている、そうなれば生徒会顧問と美術の授業しか学校で役割のないこの男、青桐鉄は、もう学校に来なくていいのではないだろうか?

しかし、彼はいつも通りに美術準備室に登校し1日を学院で過ごす。

まずはテラスに出てプランターで栽培しているミントやバジルに水をやる。以前、学校の花壇に無断で植えた時には爆発的に増殖してしまい、その時に用務員さんに怒られて以来、プランターで栽培するようにしたのだ。

ハーブ系の植物は、植物テロと言われるほど良く増えるので育てる時は注意が必要だ。

それほど大量にハーブを使う事は、日常ではまずないのだから少量あれば十分なのだ。


「今日は暖かいから、もう少し陽に当てておきましょうか」


水くれを終えると、今度はMacを立ち上げてメールとニュースをチェック、副業のイラストのバイトは昨日の内にクライアントにデータを送信したので、今日1日は大丈夫だろう。元々自由業みたいな生活をしている男だったが、これで丸々1日自由となった。


「さて、生徒達はテスト中ですし、たまには校内散策にでも行ってみますか」


ニコニコと自らのオリジナルブレンドの珈琲を煎れて、サンドイッチを作り始める。

どうやら、ちょっとしたピクニック気分らしい。一体学校に何しに来ているのか疑問が浮かぶが、一応立場としてはこの学院の美術教師である。この勤務状況は全国の美術教師の皆さんに謝罪するべきだろう。


10分ほどでサンドイッチと珈琲、それに文庫本一冊を持って意気揚々と美術準備室を後にする。

今までだったらこの行動も大して問題では無かった?のだろうが、先の文化祭ですっかり自分の知名度が跳ね上がっている自覚が無かったのが、今回の失敗の原因だった。


スタスタと南棟の校舎を出て中庭に向かう。生徒達がテスト中と言うこともあり学院は静けさに包まれており、いつもとはまた違った雰囲気が漂っていた。中庭の中央に有る噴水横の芝生に腰掛け、文庫本をおもむろに開く。

この季節にしては暖かい陽射しが差し込んでおり、噴水の水がキラキラと反射している。そんな状況で文庫本を読みふける姿は、非常に様になっていた、インテリ眼鏡の名に恥じぬ佇まいである。

しかしこの中庭、三方を校舎に挟まれた場所であり、各校舎の窓際の席からは丸見えとなっていた。いかにテスト中とはいえ、学生の集中力はそんなに長くは続かない、ふと中庭に目を向ければ、そこには噂のイケメン教師が優雅に読書に興じてるではないか。それに気付いた窓際の女生徒から次第にざわつき始める。


窓際の席に座る2-A桐生美鈴、2-B赤城春の両名も中庭で本を読んでいる青桐に気づく、まあ感想はそれぞれであるが。


「鉄先生があんな所で読書を、なんて絵になるお姿。この時限が終わったら会いに行ってみようかしら」


「何やってんだ青桐先生。 皆んなに見られてることに気づいてないのか? あ、寝てやがる、あの野郎こっちはテスト中だってのに暢気なものだな。 知らないぞ~、あんな所で寝てたら女生徒に囲まれるんじゃないか」



キンコ~ンカンコ~ン。


「あ、終わった」


ガタガタガタッツ。ガラッ!タッタッタ。


いそいそと、廊下を駆けて行く桐生美鈴を目だけで見送った赤城春が、肩をすくめる。


「ほ~ら、言わんこっちゃない」



ザワザワ、ザワザワ、ザワザワ


「……ん、いつのまにか寝てしまいましたか」


「おはようございます。鉄先生」


「わっ、桐生さん。えっ、あれ?」


「鉄先生、まゆもいますよ!」


「はいっ? 江戸川さんまで。と言うか何ですか、この状況?」





3限目、昼休み前の時限に中庭で寝てしまったのが青桐にとって運の尽きだった。チャイムと同時に廊下を獣のように駈ける二人の女生徒、桐生美鈴と江戸川まゆ。黒崎明日菜は教室の後の真ん中の席なので、テスト中に青桐に気づかなかったために出遅れている。他の女生徒も午前中のテストが終わった安堵で、気分が上がっていたのか、次々と中庭にいる噂のイケメン教師を見に足を運ぶ始末だった。

真っ先に中庭にたどり着いたのは、桐生美鈴。バレー部のトップアスリートは伊達ではない、素早く寝ている青桐の隣をキープして、勝ち誇ったとても良い笑顔を魅せる。


「はぁ、はぁ。速すぎです、化け物ですか桐生美鈴?」


若干遅れて来た江戸川まゆも、息を整えながら桐生美鈴の反対側に腰を下ろす、両側を学院で女王と呼ばれる女生徒に挟まれて眠りこける美術教師がそこにいた。


「しーー。眠ってらっしゃいます」


人差し指を唇に当てて、静かにとジェスチャーを送る桐生美鈴。


「あらあら、それでは、まゆのキッスで起こしてあげましょう」


「ちょっと、江戸川さん。な、何をしようとしてらっしゃいますの、寝込みを襲うなんて絶対駄目ですわ!」


自分のことは棚にあげて、顔を真っ赤にして小声で怒る桐生美鈴であった。

先日自分のした事を思い出したのか、必要以上に動揺が激しい。止められた江戸川はプリプリと不満げな顔をする。


「え~っ、こんなチャンスめったに無いよ」



二人が小声で言い争っていると、他の女生徒達もわらわらと遅れて集まって来た。


「わっ、桐生さんと江戸川さんがもう来てる!」

「えっ、先生寝てるの、うわ~寝顔かわいい~」

「じゃあ、桐生さんが付き合ってるって噂本当なのかな? でも江戸川さんは?」

「ま、まさか、三角関係」

「「「きゃーーっ!!」」」



女王二人の寄ってくんなオーラ全開の所為で、三人を少し遠巻きにして、輪のように囲んでお昼ご飯を食べ始める女生徒達。





「何なの、あのミステリーサークル。 UFOでも呼ぶのか!!」


2階の教室の窓から見えた異様な風景に驚く赤城春だったが、黒崎会長がその輪の中にいない事に気付く。


「まさか!」


一瞬考えを巡らせると、お弁当を仕舞い、静かに教室から出て行く。







江戸川さんと一緒に先生の寝顔を鑑賞していると、ざわざわと賑やかな周りと、食べ物の匂いに釣られたのか鉄先生がうっすらと目を覚した。両隣にいる私と江戸川さんに吃驚している。

ふふ、慌てた先生も可愛いですわ、いつの間にか女生徒達に囲まれている状況に戸惑いを見せるが、すぐにいつも通りの落ち着いた雰囲気に戻った。


「いや~お恥ずかしい、今日は暖かくてつい寝てしまいました。でもどうしてお二人がここに?」


「テスト中、鉄先生が中庭で寝てるのが見えたから、まゆが起こしてあげようと思って来たのよー」


江戸川さんに素早く答えられてしまった。チッ


「えっ、校舎から見えてました? テスト中だったから大丈夫だと思ったのですが」


「しっかり、はっきり、くっきり見えてましたわ」


「うわ~、やってしまいましたね。……あれ、もうお昼の時間ですか?」


鉄先生が、私達の周りでお昼を食べている生徒達を見渡して首を捻る。そして、ゴソゴソとバスケットの中から美味しそうなサンドイッチと珈琲ポットを取り出して、私達に勧めてきてくれた。


「お昼に食べようと思って、作ってきたのですが、お二人もお一ついかがですか」



フワフワのたまごサンドに、シャキシャキレタスと薄切りのハムをたっぷりと使ったサンドイッチを頬張る。

たまごサンドは、粗切りの白身がクニクニとアクセントになっていて食感がとても良い感じだし、レタスもみずみずしい。まさか、テスト期間中に鉄先生の手料理を食べられるとは、なんというご褒美。

ちょっと江戸川さん、何鉄先生に寄り掛かって食べてるのよ、ずるいですわ。

わ、私も寄り掛かって良いかな、でも皆んなこっちに注目してるし……。




「あ、珈琲カップ、予備も含めて2つしかないんですよ、お二人で使って下さい」


「まゆは、鉄先生と一緒のカップで全然かまいませんよ!」ガシッ


鉄先生の手を握る江戸川さん。チッ、足は遅いのに、こういう反応はもの凄く速いわね。





「いいな~、あれ、美味しそ~」

「なんか凄いイチャついてんですけど」

「くそ~、2人とも、ちょ~っと凄く美人だからって羨ましい」


自分達のお昼を食べながら、チラチラと中央の3人の姿を伺う女生徒達、その中心にいる女王さま二人は満面の笑顔だった。どうやらイケメン教師お手製のお昼ご飯を堪能中らしい、怨嗟の眼差しを向けてもどこふく風だ、なんとも腹立たしい。





一方、赤城春は早足で生徒会室を目指す。


「黒崎会長!」


「もぐっ。あれ、春ちゃん? どうしたの?」


荒々しく生徒会室の扉を開けると、黒崎会長が一人で焼きそばパンをかじっていた。

やっぱり気付いていなかったか。


「いいんですか? 桐生さんとまゆちゃんが、青桐先生と中庭でお昼食べてますよ」


ポロッ。


あっ、焼きそばパン落っこちた。


「なにゅ~~~~~~っ!! 中庭行ってくる!!」


多分、学院の誰よりも速いスピードで駆けて行く黒崎会長、あれだけ速ければ注意出来る先生もおるまい。

頑張れ、後2分でお昼休みは終了だ。

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