第40話 ロケットダイブ

「おや、いらっしゃい。桐生さんもご一緒ですか?」


扉を開け放つとカウンターに青桐先生が立っていて、コーヒーカップを磨いていた。

美術準備室には珈琲の良い香りが広がっていて、その香りを吸い込むと先ほどまでの興奮が一瞬収まった気がした、くそっこの部屋の香りには鎮静効果があるのか。

だがしかし青桐先生ののんびりのほほんとした笑顔を見てしまい、はたとここに来た目的を思い出す。

くっ、香りを利用した精神攻撃か、危ない、危ない、勝手になごんでしまうところだった。


では気をとり直して、いざ。


「青桐先生! まゆちゃんとは一体どう言う関係なんですか!!」


この男は鈍感だから遠回しな言い方だと伝わらないだろう、小細工無しにストレートに言葉をぶつける。


「江戸川さんとの関係? それはどう言う意味で」


「しらっばくれないで下さい。一昨日の夜、人気の無い川辺で二人で抱き合ってたのを黒崎会長が見てるんです!!」


「えっ、春ちゃん。私抱き合ってたなんて、言ってないよ!」


「なっ、江戸川さんと鉄先生が夜中に抱き合ってたですってーーーっ!!」


ここに来た事情を知らなかった桐生さんは素直に驚いていた、青桐先生は一瞬キョトンとした顔をした後、納得がいったのかポンと手を叩いた。


「あ~、なるほど、江戸川さんと抱き合ってたと言うのは誤解ですが、そうですね、ん~ちょっと待って下さいね。これは本人も居た方が話しが早いでしょうから」


そう言って、白衣のポケットからおもむろにスマホを取り出してメールを打ち込んだ。

うむむ、青桐先生、まゆちゃんのアドレス知ってるんだ、益々怪しいな。


「今、江戸川さんをお呼びしたので、少々お待ち下さい。その間にお茶でも煎れますね、どうぞソファーに座っててください」




カウンターの奥から戻って来た先生の手には湯気のたったカップが数個、黒崎会長には珈琲、桐生さんには紅茶、私にはカフェオレとそれぞれのカップが渡される、ちっ、あいかわらずいい香りだ、この時ばかりはささくれだった心が落ち着くのがわかる、しばらくするとパタパタと廊下から足音が聞こえて来た。おっ、到着したかな?



ガチャガチャ


「まゆちゃん、鉄先生のラブコールに呼ばれて参上!!」 


「「「イラッ!」」」


バーンとどこぞの戦隊ヒーローみたいなチャラいポーズを決めたまゆちゃんが、私達の心を逆撫でしイラつきを再燃させる、剣呑な雰囲気を垂れ流す会長と桐生さんに気付いて、あざとくポキュっと首を傾げる。


「いや~、何々、この重い雰囲気。もしかしてまゆと鉄先生の大人な関係がバレちゃったのかな~」


ギロリ!!


「ヒエッ!! ちょ、軽い冗談でしょ。そんなに殺意の塊みたいな目で睨まないでよ、怖いじゃないの。え、もしかして図星だったの……」


「まぁ、まぁ、まゆちゃんも座ってくださいよ。いつもの抹茶オレでいいですか」


「「「まゆちゃん!!!」」」


江戸川さんじゃなくて、まゆちゃん呼びだと。これは本当に……。

先生も自分のコーヒーカップを持ってソファーに座ると、私達を見渡し静かに話し始めた。


「僕はこの学院の教師になる前は新潟に住んでいたんですけどね、その当時の職場で上司だったまゆちゃんのお母さんと知り合いになりまして、いや~中々厳しい方でしたが色々お世話になりまして、今でも頭があがらないんですよ。

そういう経緯もありまして、お母さん公認でまゆちゃんとは良く遊んでいました。だからまゆちゃんとはもう随分と付き合いが長くてね。そうですね、もう娘みたいな感じなんですよ、ははは」


「ちょっと! 鉄先生。その言い方だとまゆとの関係が余計に誤解されますよ」


「えっ、そうですか?」


「親公認のお付合い……」


本当に付き合ってたのかこの2人、でも娘って……。

隣を見ると黒崎会長と桐生さんがこの世の終わりみたいな顔をしていた。

間抜け面の埴輪が二つ並んでる。ちょっと面白いな。


「ええとだからですね、なんと説明すればいいかな。まゆちゃんのお母さんは前の職場で同僚で、その縁でまゆちゃんのことは赤ちゃんの頃から知っていて。え~と、そうそう、小さい頃は僕のお嫁さんになるとか言っちゃう、可愛い子でね」


うわ~、ぐだぐだ、先生説明ヘタだな、それじゃあ結局なにが言いたいのか良くわからんぞ。

ヘイ! まゆちゃんの説明プリーズ。


「そうなの~だから~鉄先生には、まゆの裸何回も見られちゃって~」


ギロリ、ギロリ!!


「だ、だから、じょ、冗談よ!! ちょっと和ませようとしただけじゃない」


目の前に座ってらっしゃる虎と狼に強烈な殺気をぶつけられ、まゆちゃんがたじろく。

隣にいる私まで背筋に冷たいものが走った。怖っ!! 女の嫉妬怖っ!!


「つ、つまりね、まゆのお母さんが自衛隊を辞めて旅館に嫁いだ後も鉄先生と親交が有ったから、小さい頃から何度も遊んでもらってたの。だから叔父さん?……いや私にとっては第二のお父さんって感じなのよね」


元自衛隊? 何その過去、凄い気になるんですけど、いや、今考えなきゃいけない問題はそこじゃない、現在二人に恋愛感情が有るか無いかだ、そこが大事。


「で、青桐先生。まゆちゃんに対して恋愛感情は有るんですか?」


「まゆちゃんには大変申し訳ないんですが、あまりに小さい頃から見てきたもので、どうしても娘のようにしか見えなくて、彼女の告白はお断りさせて頂きました」


「まったく、まゆはこんなに可愛く育ったのに勿体ない話しよね!」プイッ


はぁ~~、なんて紛らわしい。親子でじゃれてただけか、このファザコンめ。

いや実の父親じゃないんだからファザコンではないのか? 実にややこしい。

桐生さんもほっとしたようだ、黒崎会長は……どうした? 俯いちゃって、お腹痛くなっちゃた?



頭の中がぐるぐるとしている、江戸川が先生に振られた話しを聞いて何普通に安心しちゃってるんだろう私、いつまでも前に進めないで止まっちゃてる。今回の江戸川の件だけじゃない、美鈴さんの時もこんな不安な気持ちで、いつも先生を誰かにとられるかもって醜く嫉妬して、中途半端な立ち位置で一人喚いてる、これなら堂々と告白して振られた、江戸川の方がよっぽど潔いじゃないか。


「好き」この気持ちだけでも青桐先生に伝えなきゃ、スタートラインにすら届かない。


私の頭の中で試合開始の笛(ホイッスル)が鳴った。

試合開始直後のスリーポイントシュートは私の得意技だ、ソファーから勢い良く立ち上がり、覚悟を決めた瞳で青桐先生と向き合った。




「ちょ、明日菜さん。貴女もしかして、待って、もうちょっと待った方がいいよ! うん、あと1年位」


「江戸川うるさい!!」


「ふぁい」


まゆちゃんが何か言ってるが、もう言うって決めたんだ、こんなった私はもう止められないぞ、スゥ~っと思いっきり息を吸い込み気合いを入れる。




「青桐先生!! 好きです!! どうしようもなく先生が大好きです!!」



はぁ、はぁ。良~し、言ってやったぞ!! 

吃驚した顔の青桐先生。突然の生徒からの告白が迷惑なのは分かってる、その結果今の心地よい関係が崩れるかもしれない、それでも今言わずにはいられなかった、いつもかけっぱなしの心のブレーキを自分で壊す。

しばしの沈黙が部屋に流れる。

春ちゃんも、桐生さんも、江戸川も息を飲んで私達を見つめていた。


青桐先生がコーヒーカップをコトリと静かにテーブルに置いて立ち上がる、一歩踏み出すと私の前に先生の顔が近づく、そのままじっと私の目を見つめると優しく微笑んだ。


「ああ、先に言われてしまいました。本当なら貴女の卒業を待って僕の方から言うつもりだったのですが」


「えっ」


「僕も大好きですよ、明日菜さん。入学した時からずっと貴女に惹かれていました」



「僕とお付き合いしていただけますか」



「なっ!そんな」

「あ~あ、言っちゃた」

「…………ロリコン」

「…………」


桐生さん、江戸川、春ちゃんに私とあまりに衝撃が大き過ぎて碌な言葉が出てこない。

しかし、先生の言葉がじわじわと心と頭に染み込んできて、自然と涙がポロポロとこぼれ始めた。

もう我慢できそうにない、青桐先生の胸に飛び込む。




「あ、青桐しぇんしぇ~~~~~~~~!!!」ダッ


ドギュ!!


「とっ、ぐふっ」


「しぇんしぇ~、しぇんしぇ~。えぐ、えぐ。うわ~~ん」






私の目の前で起きている光景に呆れて言葉が出ない、あれだけ騒がせておいて両思いのハッピーエンドかよ。

黒崎会長の、もう頭突きにしか見えないダッシュを胸で受け止めた青桐先生、肋骨大丈夫かな。

先生に抱きつきながらわんわん泣き出した黒崎会長を、子供をあやすようにポンポンと背中を叩いている、その姿を呆然と見つめる桐生さん、しょうがねぇなって感じで頭を掻いてるまゆちゃん。

こんな光景を前に、私としては、やはりおっさんとの恋愛は色々めんどくさいものだと思った、だが、まぁこう言うのも悪くはないか。


良かったね、黒崎会長。

これで恋愛にヘタレと言う、会長の唯一の弱点が無くなっちゃたよ。







後日談といえば、私達が三年に進級すると青桐先生は教師をあっさりと辞めて、生徒会の顧問から解任された。

やはり生徒との恋愛と言うのは学院としてはあまり好ましくないらしい、それが生徒の手本となるべき生徒会長ならなおさらだ。先生なりにけじめをつけたのだろう。

まゆちゃんは、こうなる事を心配して卒業まで時間を稼ごうとしていたらしいと後から本人に聞いた。

先生の突然の顧問解任に黒崎会長はしばらく落ち込んでいたが、開き直った女は強い、生徒会の業務を完璧にこなしながら、1年後のNBAのプロテストを目指して、左肘のリハビリを開始した。どうしてそっちに行った? 

おそらく彼女なら合格するとは思うけど、アメリカなんかに行ったら先生と遠距離恋愛になることわかってるのかな。

その辺、会長の考えてることはぶっ飛んでてよくわからん。





そして、ここからがおかしい。

青桐先生と李理事長との間にどんな話し合いが成されたのか、新たに学院内の南棟に生徒専用のカウンセリング?を兼ねたカフェが新設されることになった、なぜだ、青桐先生は理事長の弱みでも握っているのか?

勿論、カフェのマスターはあの鬼畜眼鏡だ。


珈琲のかぐわしい香りと、見た目だけはいいおっさんのフェロモンに誘われて、今日もまた多くの女生徒達がその扉を開くのだろう、かく言う私もその一人になりつつある、今も自然と南校舎に足が向かっているのだから。





カラ~ン


「いらしゃいませ。今日は何をご用意致しましょう」





~おしまい~




最後までお読みいただきありがとうございました。とりあえずこの作品はこれで完結となります。お付き合い頂きありがとうございました。

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美人すぎる生徒会長は珈琲の香りに逆らえない。 R884 @R884

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