第13話 2日目の朝

3日間に渡り開催される、九星学院文化祭。その2日目の朝に問題は発生した。


生徒会室で、昨日の先生とのデートを思い出しながらニヨニヨしていると、向かいに座っている会計の秋ちゃんから「仕事してください、お願いします」プレッシャーが涙目とともに高出力で放出され、直撃を受ける。

うぐっ、わかってますよ、やりますよ、仕事すればいいんでしょ。

昨日の先生とのデート、最後は江戸川に邪魔されたけれど、それまでは本当に夢のような時間だったのだ、思い出に浸るくらいは許してもらいたい、人は思い出だけでも生きてゆける。

再びニヨニヨしていると、秋ちゃんのお願いプレッシャーが更に高まる。

うおー、こ、このプレッシャーはいたたまれん。


「わかった、わかったわよ。仕事します」


両手を上げて降参の意を示すと、左肘に巻かれたサポーターが目に入った。うん、今日は調子いい、先生のマッサージのおかげだろうか、またもや思い出してニヨニヨしてしまう。

うおぉ、秋ちゃんのプレッシャーが殺気にまで変化した。


気持ちを切り替えて机に向かい、今日のスケジュールの確認をしていると、生徒会室の扉がコンコンとノックされ、一人の生徒が入室してきた。


「失礼します、黒崎会長」


「李くん?」

「つまり、2-Bの調理担当の生徒が交通事故で病院に運ばれて、今日は戻れそうもないと。……命に別状は無いのね?」


「えぇ、軽傷ですんだのですが、一応検査があるので今日は戻れそうもなくて、今日の営業がちょっと難しく……」


「そう、軽傷ならよかった。でも、調理担当ってその彼しかいないの?」


「本格的なエスプレッソを売りにした屋台で、エスプレッソマシンをレンタルしたのですが、レクチャーを受けれたのが彼だけでして」


「ああ~、そういえば昨日見た、先生も気にしてた屋台ね」


ピコーン


エウレカ!! 閃いた!!

でも、う~~ん。引き受けてくれるかな、聞くだけ聞いてみるか! 女は度胸、当たって砕けろだ。


「李くん、ちょっと私に付き合ってくれない」


「はい?」





黒崎会長の後に付いて南校舎の3階まで来る、そういえばこの校舎の3階って一度も来たことが無かったな。

黒塗りの扉に美術準備室のプレートがかかっている。黒崎会長が嬉しそうに扉を開けたとたんに飛び込んでくるのは強烈な違和感? 想像してたよりやたらと広い部屋をぐるりと見渡すと、壁一面に棚が備え付けらていて中には茶器や茶葉、珈琲豆や、それに付随する器具が所狭しと並べられていて、その前に有る大きなカウンターには先日駐車場で見た、青桐先生が急須を傾けながら微笑んでいた。


えっ、ここって美術準備室だよな???





「ごめんね。今、出せる台湾茶、これしかなくて」


そう言って、青桐先生が僕の前に置いた茶器からは、緑茶に似た爽やかな香りがした。


「青茶、凍頂烏龍茶ですね。実家では良く飲んでいましたが、久しぶりです。いい香りだ」


「たしか理事長は、東方美人がお好きだったかな」


「よくご存知で、母は紅茶も好きなので、発酵度の高い方が好きみたいです」


母(理事長)をよく知ってる、目の前の人は一体? 美術教師、それにしてもこの部屋は? 頭の中が?マークで一杯になり混乱してきた。



「ちょっと!!  くつろいでる場合じゃないんですけど! で、先生どうかな?」


黒崎会長の声で現実に戻される、そうだった、青桐先生に屋台の代役を頼みに来てたんじゃないか、美味しいお茶のせいで忘れる所だった。


「ふむ、事情は大体分かりました。確かに僕は、エスプレッソマシンを使う事には慣れてますが……。でも、生徒のお祭りに教師が出しゃばるのは、どうなんでしょう?」


「お願いできませんか、青桐先生。事故にあった彼も随分と責任を感じてまして、今日1日だけでいいんです、お願いします!!」


「黒崎会長と理事長の息子さんにお願いされると、凄くいやと言いづらいんですが……」


「「では!!」」


「もう、本当に今日1日だけですよ」


「イヤッターーーーッツ!!!」


黒崎会長が隣で大声で喜んだので驚いた、相変わらす天真爛漫で太陽みたいな人だ、こう言う可愛い一面も魅力だな。

すると黒崎会長がゴソゴソとスクールバッグの中から一着の服を取り出した、彼女はにっこり微笑んで、青桐先生にそれを手渡した。


「じゃあ、先生はこれに着替えてね!!」


仕切りの向こうから、黒崎会長が手渡した服に着替えた青桐先生が出て来る。


「「おぉ~」」


二人して感嘆の声を上げる。


「いつもの白衣じゃ駄目なんですか? この格好はちょっと恥ずかしいんですけど」


真っ白なYシャツに黒のスラックス、こげ茶色のベストと腰巻エプロン。完璧なバール(イタリアのカフェ飲食店)のマスターがそこに居た。正直かっこいい。

元々の素材が抜群なので、ちょっとパリッとした服に着替えただけで、大人の色気を漂わす。身長も高いし眼鏡もいいアクセントになっている、これなら女性客がほっとかなそうだな。

しかし、黒崎会長はこの服どこから調達してきたんだ?


「黒崎会長、この服はどこから持ってきたんですか?」


「えっ、こんな事もあろうかと、た、たまたま持ってたの。決して先生に着てほしくて、いつも持っていたわけではないわ、おほほほほほほほほ」



僕と青桐先生が疑いの眼差しで見つめると、黒崎会長は露骨に目をそらした。

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