第9話 副会長赤城春の議事録

三すくみと言う言葉がある。蛇と蛙と蛞蝓なめくじ、お互いに苦手なものが一堂に会すとお互いを牽制し合って誰も動けなくなることを指す。

しかし、今、私の目の前の状態は、ちょっと違うような気がする。例えるなら、ライオンと虎と熊の前に極上の肉の塊が置かれ、待て!をされている様なものかもしれない。恋する乙女は皆肉食獣なのだ。

三人の間には、一般生徒ならば10秒でお腹が痛くなるほどの緊張感が漂っていた。擬音で表すならズゴゴゴゴである。

もう帰っちゃ駄目かなと思うが、副会長と言う立場上しょうがないか。ん、秋ちゃんお腹痛いの?


「まぁ、お話しはお茶でも飲みながらしましょうか」


青桐先生のこの一言で、生徒会室から美術準備室に場所は移る。ぞろぞろと女5人が先生の後をついて行く。遠いんだよな美術準備室。




「どうぞ。黒崎会長は、以前美味しいと言っていたサントスを、ミディアムローストで」

「桐生さんには、今日はダージリンをストレートで用意しました。ファーストフラッシュだから香りが華やかですよ」

「江戸川さんは、いつもの抹茶ラテでよかったですか? ああ、ラテアートは楓の葉にしてみましたよ」


それぞれ個人の好みに合わせて、目の前にコトリと置かれたお茶に3人の緊張感が緩む。まゆちゃんだらしない顔になってるよ。


黒崎会長は、お気に入りのマグカップを手に微笑み、バレー部キャプテンの桐生美鈴さんは優雅に紅茶を啜っている、茶道部部長 江戸川まゆちゃんは、抹茶ラテをニマニマと眺める。う~~ん……


『真面目に喫茶店かよ。ここは!!』


私は心の中で盛大に突っ込みを入れる、口には出さない。


「青桐先生、完璧に誤魔化しに入ったね」


会計 白井秋がひそひそと耳打ちしてくる、大人ってズルいなぁって二人して思う、だけど先生かっこはいいから仕方ないか?


「無駄にカフェインとフェロモンばら撒くからなぁ、この人。これ以上興奮させる要素重ねてどうするのよ」


私はシラ~ッとした目で会長達を見つめる。わたくし赤城春は、純度の高いブラコンで、弟激ラブなのでオヤジフェロモンなんぞ効かないのだ、ああ弟の笑顔を思い浮かべたら増々帰りたくなってきた。




「そういえば、桐生さん。痛めた足は大丈夫でしたか? あの時は簡単なマッサージしか出来なかったので、心配してたんですよ」


ハッ「そうだ先生。美鈴さんにマッサージして、お姫様抱っこしたって本当ですか!!」


先生の言葉で思い出したのか黒崎会長が再起動する、珈琲の香りで頭が緩んでやがったな。


「ん? 転んだ時足捻ったみたいだったんで、マッサージはしましたが。お姫様抱っこって?」


先生がうむむと考え込む、お姫様抱っこと言う単語が思い当たらないらしい。


「ああぁ、横抱きにして車に運んだ事ですか?」


先生がポンと暢気に手を叩いた。


「何してんですか先生!! 年頃の女の子に。私にだってそんな事…………」


「鉄先生!! まゆもさっき階段で足捻りました。マッサージお願いします!!」


まゆちゃん……、ブレないなコイツ。


「江戸川はちょっと黙ってなさいよ!!」



青桐先生が細くて綺麗な指で顎をなぞりながら、考える仕草をした後もう一度ポンと手を叩く。


「なるほど、これは僕が軽率でしたね。黒崎会長が怒るのも無理が無いですね、すみませんでした。

治療とは言え、断りもなくお友達の桐生さんの身体にふれてしまって。桐生さんの事が心配だったんですね。

黒崎会長はやっぱり優しいですね」


そう言うと先生は、微笑みながらクシャリと会長の頭を撫でた。

オイオイ、今さっき謝ったばかりで、勝手に触って頭撫でてるぞ、これだから天然は。



「あ、あうっ。……それはズルいです先生」


あ~あ。会長、顔真っ赤だよ。かわいいなぁ、チョロいなぁ。


「桐生さんもごめんね。こんなおっさんに触られて嫌だったよね」


「い、いえ、そんな事全然ないです!! とても感謝してますわ!」


わたわたと慌てる桐生さん、いつも冷静なこの人のこんな表情初めて見たな。


「そう言ってもらえると救われます。それじゃあ、お詫びの印に、皆さんに“おやつ”でもお出ししますか」


カウンターの向こうに行ったかと思うと、青桐先生は私達の前に焼きたてのスコーンを出してきた。ふわっと甘くて優しい香りが部屋中に拡がる。

ますます喫茶店にしか思えなくなる、ここ学校よね? 白衣姿がチェスターコートに見えてきたわ、執事喫茶かよ。


小皿に置かれた丸いスコーンにクロテッドクリームとジャムが添えられている、本格的なイギリススタイルだ。

まだ、ほんのりと温かい。焼きたての小麦の香りがなんとも言えない、あれ? 焼きたて? いつ焼いたんだ?


「先生、これって手作り?」


「僕、今日も授業無かったんで調理室借りて作ってしまいました。砂糖は控えめにしてあるので、おやつには丁度いいですよ」ニコッ


サラッと言いましたがこの先生、学校に何しに来てるのか不思議になる。フリーダムだな美術教師って、給料分はしっかり働けよ。


「サクッとしたビスケット生地に、このブルーベリージャムが凄く合ってる、スッゴイ美味しい! さすが鉄先生、まゆの好みを良くわかってる! まゆへの愛情を感じるよ~」


「まさか学校でクリームティーとは。これは嬉しいですわね」


一口食べたまゆちゃんが悶え、桐生さんは感心したように感想を述べた。


「ブルーベリージャムは、須坂の農園で生果実を頂いたので挑戦してみました。ブラックベリージャムも有りますよ」


ジャムも手作りなのか! レベル高いな。これ弟が好きそうだな、少しわけてもらおうかな。

まゆちゃんも桐生さんも、大満足のようだ。会長は……まだ赤い顔で俯いてモソモソ食べてる。

隣の秋ちゃんは……食べるの早ッ。コラコラ、お代わりするな、おやつだぞ! お・や・つ!

修羅場から一転、優雅なティータイムに変わってしまった。


ヤレヤレ。美味しいお茶とスコーンでうまく誤魔化された感がないでもないが、みんな笑顔だし、ここは良しとするべきだろう。

何より私も、ここで飲むカフェオレは結構好きだし……。



「あ、桐生さん。今日は大事をとって、僕が車で送りましょうか?」


「え、ハイッ! 是非、お願いします!」ボンッ


先生の言葉に桐生さんが顔を赤くしながらも即答した、それに待ったをかけるのは当然会長とまゆちゃんだ。


「「ちょっと、待った~!!」」


「鉄先生、まゆも心配だから付き添います!」

「先生! 優しい生徒会長として、私もご一緒します!」


「いや、僕の車2シーターなんで2人しか乗れないんだけど」




「ぐぬぬ、それなら鉄先生の手を借りるまでもないです。美鈴さんには、大親友の私と江戸川さんで家まで送って行きます!!」


「私、黒崎会長と大親友でしたの?」


「では、美鈴さん。一緒にお・は・な・し、しながら仲良く帰りましょう」ニコッ


「ヒイッ! 目が全然笑ってませんわ」


両腕を会長とまゆちゃんにガシッと固められ、引きづられるように桐生さんが美術準備室を出て行く。ドナドナ~。


「気をつけて帰ってくださいね。ではまた明日」


ヒラヒラと呑気に手を振る先生。



なるほど、青桐先生は素でこう言う行動をとるのか。どうやら計算じゃなく、天然の方だったようだ。

悪気がない分、とても迷惑だと私は思った。


本日の議事録終了。


文化祭が近い、明日からはきっちりと仕事をしなければ。




※スコーンはアメリカスタイルの色々入ってて、甘いのも嫌いではないです。

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