新五郎、消ゆ。(中編)

 新五郎が屋敷の上がり口に向かうと、刀や槍が十数本ほど横にして置いてあった。槍までは長すぎるので要らないが、若い衆が用意してくれたのだろう。

 刀を抜いて、一振りずつ見てみると、親分に借りたものとは違って、ところどころ刃が欠けているものもあれば、さびが浮いているものもある。

 調整する時間までは無い。新五郎は軽く振ってみて、その中からブレの無いもの、少ないものを三つ選んだ。


「酒の準備が出来やした、さかずきなんかは離れにありやす」

 灘生まれの若い衆が声を掛け、一升いっしょう徳利どっくりを置いた。玄関には灘生まれ以外には若い衆が三人立っている。

「ああ、ところでこも[荷車の上に掛けたりする目の荒いむしろ]はあるか?」

「へい」

 返事の後すぐ灘生まれは隅からこもを持ってきた。

「すまないが、縄も頼む」

「へい」

 他の若い衆の手を借りながら、借りた刀をひとまとめにしてこもで包んでいく、いざとなったら抜けるように、上面は開けておく。

「縄はどちらに」

 縄を受け取って、刀の束に巻き付けてぶら下げられるように持ち手を作った。


 草履ぞうりき、酒を左手、刀の束を右手に持って立ち上がると、灘生まれが大きな声で言った。

「お持ちしやす。おい、平太!刀をお持ちしろ。」

 こもを巻く手伝いをした若い衆は平太というらしい。新五郎は二人の若い衆に続き外に出て行った。

 上弦の月はまだ沈んでいなく、月明かりがわずかではあるが辺りを照らしている。

 加えて若い衆は酒や刀を抱える手の反対に提灯を持っている。

「名前を聞いてなかったな」

 立ち止まって酒を持つ灘生まれの若い衆に声を掛けた。

寅二とらじと申しやす、名の通り寅年生まれの次男でやす」

 翌年よくとしでなくて良かったなと思いながら、寅二を問いただす。

「本当にその酒、小便混ぜてないだろうな」

「へい、そこはもう」

 あまり信用は出来そうにない。もう一方の平太にも声を掛ける。

「若い兄さんの生まれは?」

「へい……手前てまえ武州ぶしゅう武蔵国むさしのくにの別の呼び方]――」

「ああ、ああ、そんな堅くならなくていい、刀はもしもの為だ、大事おおごとにする気は無い」

 そんなに場数を踏んでいないのか、平太の声は上ずっていた。


 こっちとしても、そうそう刀を抜いて人を斬り捨てるつもりは無い。人を斬るには金が掛かる。人を斬るために金が掛かるのではなく、人を斬ったあとに金が掛かるのだ。

 自分が払うわけではないが、後始末のため役人に握らせる金は少なくはなく、まして今回は十数人だ。世話になっている手前、大きい負担をかけるわけにはいかない。



「ここです」

 寅二が抑えた声で言う。戸は閉まっており、騒然とした雰囲気が障子戸を通して伝わってくる。

 平太から右手で刀の束を受け取り肩越しに掛ける、寅二の酒は左手にぶら下げる。


 一呼吸置いて、新五郎は寅二に視線をやる。

「先生、お願いします!」

 若い衆二人が大きな声を合わせて頼むやいなや、二人ともガラガラと勢いよく戸を引き開けた。

 賭場の中へ大きく一歩を踏み出したあと、新五郎は左手の酒を高く掲げ、笑みを見せながら声を張った。

「お兄さん方ぁー、ここは――」

 酒でもどうだと続けるはずだった。


「……ここは……どこだ?」

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