野盗共と浪人、そして改造人間

 歩き出して間もなく、前方から野盗と思しき一団が前方遠くから姿を現した。見える範囲では一団は全員男のようでゆっくりと近づいて来る。殺気は消えておらず、周りに仲間がいるか気配をうかがってみたが、今のところは伏兵や回り込みを図ってはいないようだ。


 新五郎は馬車から四十メートル余り離れると道の脇で足を止め、草履を締め直し、服装を整えた。

 異国の剣と小さな丸い盾を付けた男が二人、更に一回り大きな剣を持った者が一人、手斧と四角い盾が一人、槍が三人、弓が一人。あと一人はまだ姿を見せないが不気味な気配をして近づいてきている。早く片づけて、どうにか一対一に持ち込めないだろうか。


「わかっているだろう、全部置いていくように雇い主に言いな」

 十メートルくらい離れた距離でかしらと思しき手斧の男が言った。

 一番後ろにいるのは剣と盾の男が一人、その前で手斧の左には弓の男、さらに手斧の前にはもう一人の剣と大剣の二人、三人いる最前列は、全員新五郎に向けて槍を向けている。

 近づいてくる男は森に入ったようだ、回り込まれるとまずい。

 新五郎は顔を三人の槍に向けたまま、左手に持った刀を脇の高さまで上げ、静かに鯉口こいぐちを切った。右手は左手に添えているが、まだ刀には触れていない。槍の後ろにいる男たちも黙ってそれぞれに構える。

 ゆっくりと腰を落とし、右足を一歩踏み込むと、槍の三人は槍も視線も新五郎に向けたままだが、わずかに怯んだ。

 新五郎はその瞬間、素早く脇に差してある自分の刀の小柄こづか[鞘の身につけている側に差している小刀]を弓の男に投げつけた。

 小柄は男の左手の甲に刺さり、あさっての方向に矢が飛んだ。

「うっ」

 弓の男の悲鳴で、槍三人の視線が切れた。新五郎、勢いよく刀を抜いて、抜刀で三つの槍の穂先をすべて落とす。そのまま駆け出し、左の男の首に左肘を一撃、その勢いで真ん中の男の脇腹を左足で蹴る。吹っ飛んだ男に目もくれず、刀を返して右の男の肩をバシンと峰で強打した。まずは三人。

「っ野郎!」

 大剣の男が真上に大きく振りかぶる。新五郎は刀を逆手に返しながらスッと距離を詰める、鞘を持ったまま左手で振りかぶった相手の両手を抑えながら、右手はかしら[刀の持ち手側の端]でいている鳩尾みぞおちを突いた。男はゴッと低い咳のような音を発して崩れ落ちた。四人。近づいてくる男はもうすぐそばにいる。

 剣と盾の男が飛び掛かる、右にかわし首の後ろをかしらで打つ。五人。峰で打てるようまた刀を返すと、近づいてきた男の気配が突然消えた。早く残りを倒さねば。


「うおおお!」

 怒号を上げ、斧の男が盾を前面に体当たりを仕掛けてきた。

 新五郎は小さく右側に跳んでそのまま避けた。間を入れず勢いがついたままの斧の男の背に峯打ち。六人、残りは三人。まるで連携が取れていないのは、経験が浅いのか、時間稼ぎのためなのか。残りの男に背を向けているので新五郎はすぐさま振り返る。男が横に三人並んでいる。一団とは違う雰囲気と身なりの男が弓の男と剣の男の間にいた。

「終わったよ」


 中央の男が声を掛けた。その男はニコニコした顔で、まるで子猫の首を掴むかのように両側の男の後襟を掴んでいて、掴まれた左右の男は伸びてしまってぐったりしている。中央の男は華奢きゃしゃに見えるので、中央と左右の男の体格と表情の差が極端で不気味である。恐ろしい勢いで近づいてきたのがこの男だというのか。

「映画か舞台の練習じゃなさそうだったから手を出したけど、これで良かったのか?」

 そう言って男は手を放したので両側の男たちはどさりと倒れ落ちた。

「……かたじけない。エイガ……が何かは知らぬが劇ではない」

 油断はできないが敵意はなさそうなのでひとまず刀を納めた。

「随分古風な物言いだなあ、ところでここがどこか知っているか?」

「いや、ここがどこか、どこの国かもわからぬ。異国だとは思うのだが……」

 男はひどく落胆した。悪意はなさそうである。ゆっくり顔を上げて男は言った。

「……ああ、俺は白樺しらかばつよし。あんたは?」

「それがしはやなぎ新五郎しんごろう。すまぬが、馬車を待たせてある。呼んでくるのでそれまでこの者共を見てくれぬか」

「ああ、名前も古風なんだな」

 毅は苦笑して落ちた小柄を新五郎に渡した。新五郎は馬車を呼びに行った。


 馬車のギンコに簡単な事情を説明し、毅のもとに戻る。賊の一団は武器や盾を剥がされて、一人ずつ横に寝かされている。

「話は聞きました、ありがとうございます。私はギンコと申します」

「俺は白樺毅だ、よろしく」

「この賊たちも町に運ばねばなりませんが、娘たちが一緒にいます。もしよろしければ街に着くまで男たちが暴れないよう、一緒に乗って見張りをしていただけますか?」

「いいぜ、なら俺と兄さんが中にいて、娘さんたちが前にいたほうがいいな」

 親指で新五郎を差し、毅が答えた。


「俺は毅だ。お嬢さんたち、よろしくな」

 毅が幌を開け、軽く自己紹介した。怖いことがあったのだ、娘たちは二人身を寄せ合っている。毅は二人を見比べて、驚いた声で言った。

「ひょっとして、君も日本人かい?」

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