自由都市ロホセレウスの夜(後編)

 三人とギンコがテーブルに着き、牛の頭の男が配膳する。

「そちらの方の名前を聞いても?」

 毅がギンコと牛の頭の男、順番に視線をやりながら聞いた。ギンコは軽くうなずいた。

「せっかくなので改めて自己紹介を、私はここの会頭を務めるギンコ、アルニカは一人娘です。こちらはブロム、私の補佐と私がいないときこの本店を任せています」

「ブロムです、よろしくお願いします」

 ブロムが頭を下げると三人も頭を下げ、一人ずつ自己紹介を始めた。


 食事はパンとスープのみとギンコが言うように簡単なものだったが、不可解なことが一日で起き過ぎて疲れている三人にとってはかえって助かった。新五郎に至っては初めて食べる異国の食べ物とあってそれだけでも興味津々であった。


 そのほか食事中に交わした話はこうだ。


 この町は自由都市・ロホセレウス。自由都市はどの国家にも属さず、独立した都市のことらしい。

 動物の耳や頭をした人間の総称は獣人といい、周辺の国には差別的な扱いを受ける国もあるため、ここには多くの獣人が居住している。

 日本からやって来たと告げたが、日本という国はまったく耳にしたことがない。

 今後、馬車の護衛などの仕事や娘の相手をするなら当面の部屋と食事は提供される。

 野盗を捕らえた報奨金があり、明日にでも貰える。武器などは新五郎が興味を持っていたので貰ってきて保管してある。野盗自体は珍しく、捕まると残虐なことをしていない限りは一定期間強制労働を課せられるらしい。

 今晩は突然のことなので二部屋しか空いていない。一部屋はすみれ、もう一部屋は新五郎と毅が使う。

 続きについては翌日の午後にもう一度話し合いを持つ。



 遅い夕食を終え案内されたすみれの部屋、用意してもらった蒸しタオルのようなものですみれが一人、身体を拭き終わると、タルトが突然飛び出した。これまでの話を聞いていたのか、その勢いの割には、元気がない。

 すみれはタルトを持ち上げて、用意されているベッドに向かった。

 タルトをベッドの上にそっと下ろし、横に腰かけた。

「これからどうなるのかな」

 すみれはタルトを撫でながら言う。

「……」

 嫌がってはいないが、返事は無い。すみれは続ける。

「戻ることはできるのかな」

「……」

 構わず続ける。

「もし戻ったら、私はどうなるの?」

「……」

 タルトは足を投げ出している。

「もし戻ったら、タルトはどうするの?」

「……」

 そんなことを繰り返し、すみれはタルトを抱きしめて眠った。



 もう一方の部屋、窓の外は月と、街灯が小さく光っているほかは建物から漏れている灯りほんのわずかしかない。中は常夜灯とおぼしき小さな灯りが部屋を照らしている。

 新五郎が一升徳利をテーブルに置いた。蓋代わりの猪口ちょこを取って言った。

「すこしらないか」

「いいのか?……こんなことは言いたかないが、日本の酒はそれだけしかないんじゃ」

「薄い酒だからすぐ悪くなる、少しでも旨(うま)いうちに空けたほうがいい」

「酒は弱いので少しだけもらうよ」

「ああ、じゃあ先に俺が」

 新五郎は猪口を空け、酒をいで毅に差し出す。

「確かに弱い酒だけど甘さはあるんだな」

 毅は酒を注いで新五郎に返す。

「パンを食べたのは初めてか?」

「ああ、あれはうまかったな」

 窓の外の月はぼんやりと光っている。日本で見た月とここで今見ている月は同じものなのだろうか。

 新五郎が毅に聞き返す。

「ところで、ブロム殿のような牛頭ごずの者は見たことはあるか?」

「いや、今日見たのが初めてだが、兄さんは?」

「俺もだ」

 しばしの間無言が続く。

「それにしてもとんでもない所に来たな」

「ああ」

「すみれちゃん、できるだけ早く家族に会わせないとな」

「ああ」

 窓の外の月はまだ静かに辺りを照らしている。

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