自由都市ロホセレウスの夜(前編)

 日が落ちて間もなく、二頭立ての馬車が街道をゆく。男十人が幌の中にいる。うち八人は縛られ、眠らされた野盗。残り二人はそれを見張っている白樺しらかばつよしやなぎ新五郎しんごろうである。

「毅殿はどうしてここに?」

「それがわからない。目が覚めたらここにいた」

「おぬしもか、俺は小屋に入ろうとしたらここにいた」

「兄さん、ところであれ見たか?」

 毅が新五郎に問いかけた。

「あれとは?」

「ギンコがこいつらにかけた変な薬だよ」

「異国というのは本当に進んでいるのだな、全く驚かされる……」

「……いや、俺が知っている限りではこんな眠り薬は……」

 二人を驚かせたのは野盗たちを荷車に積み込む前、ギンコが野盗たちに振りかけていた薬品のことである。煙を吸うと眠ってしまうからと近くで見ることはできなかったが、液体が野盗にかかると白い煙が上がり、二人の目にはまるで奇術か妖術のように映った。

「ところで毅殿、どうしてすみれ殿が同胞はらからだと判ったのだ?」

「ああ、服が垢抜け過ぎると思ったが、なんとなく日本の服のような感じがしたからな」

「俺の目にはどちらも異国に見えるのだが……」


 このような幾分いくぶん噛み合わない会話が何度か繰り返されると、ふと馬車が止まった。知らぬ間に馬車に明かりが灯っている。

 新五郎と毅が幌から顔を出す。関門と言うには大きく、石を切って並べたか、レンガ積みのような壁が内部を高く大きく取り囲んでいる。ギンコが馬車を降り、入り口にいる槍を持った衛兵のような男と話している。しばらくすると、その衛兵が手を上げ、衛兵の同僚が五、六人奥から走ってきた。

「新五郎さん、毅さん、手伝っていただけますか?」

 ギンコが戻って二人に言った。

「こいつらをあいつらに引き渡せばいいのか?」

「ええ、お願いします」


 野盗を引き渡し、馬車が再び動き出す。町の外はもうずいぶん暗くなっているが、町の中は背の高い建物が並び、そこかられる灯りや街灯がたくさんあって意外と明るくにぎやかな様子だ。町ゆく人々の中には動物の耳と尻尾をつけている人も多い。

 すみれは目をキラキラさせながらキョロキョロ見回している。毅と新五郎はまるで子供のように幌から顔を出している。

「サーカス?」

 毅は不思議な顔をして周りを見回す。衣装や小道具にしては本当に良くできている。

 一方、新五郎の方はというと首を全く動かさず、口が開いたままである。

「……猫又ねこまた…………百鬼ひゃっき夜行やこう……」


「着きました」

 ギンコが三人に声を掛ける。周りの建物より一回り大きな建物の前で馬車が止まり、皆馬車を降りた。

「商人とは聞いたがこんな大店おおだなとは……」

 両手に自分の荷を持った新五郎が驚きの声をあげる。

「会頭、お帰りなさい」

 牛の頭をした体格のいい男が迎えに出た。そのほかにも二、三人いる。

「ありがとう。この人たちを私の部屋に案内して食事の用意を、あと馬車を頼むよ」

「わかりました。お客様、こちらへ」

「すみれちゃん、またね」

 アルニカは手を振って見送り、すみれも小さく手を振って応えた。


 四階にあるギンコの部屋は二十畳ほどの広さで、部屋の奥には重厚感のある机と椅子のほか、いくつかの本棚、見たこともない家具やちょっとした会議に使うのだろう、六人掛けのテーブルと椅子が入り口側横に置いてある。

「こちらでお待ちください」

「ありがとう」

 毅が答える。六つのうち椅子二つを部屋の隅に置き、牛の頭の男は部屋を出て行った。何故か新五郎は彼の背に向かって手を合わせている。

「馬車では聞けなかったけど、すみれちゃんはどうしてここに?」

 毅が聞く。

「それがわからなくて……いつの間にかここに……」

「俺たちと同じか……」

 三人がそれぞれ考え込んでいるとギンコが牛の頭の男を連れて部屋に来た。

「お待たせしました。突然のことだったので簡単なものしか用意できませんが、夕食にしましょう」

「かたじけない」

 夕食には遅い時間だが三人にとっては初めての見知らぬ世界での食事が始まった。

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