魔法少女たちの憂鬱(後編)

 ひいらぎすみれは自室の机の上で目を覚ました。最近よく眠れないせいか、宿題の途中で居眠りをしてしまった。空は雲がかかっている。これから雨が降りそうな気配だ。

 ここのところ見る夢は決まってこう。自分の住む町が黒い雲に覆われ、なぜか自分の身体が真っ暗闇に包まれる。こうなると自分は全く動けない。そうして夜中にハッと目が覚める。

 学校で居眠りはなかったけど、疲れが溜まっているみたいだ。今日は日曜なので、少し休んだ方がいいのかも。

 行儀は良くないけど、ベッドの掛布団の上に少し横になる。意識が少しずつ遠くなる――

 突然、体にしびれがきて、動けなくなった。慌てて起きようとするが、指一本動かすこともできない。眠りに落ちるのとはまた違う感覚で意識が遠くなった――



 ここはどこだろう。目が覚めると、私の部屋にいたはずなのに、暗い室内にいる。片ひざをついているのはわかるが、身体は全く動かせない。目の前の五メートル程離れているところには誰も座っていない大きな椅子があり、自分の左右斜め前には青い炎がゆらゆらと宙に浮いている。きちんと見えないが真横にも同じ炎があるようだ。

 すると、暗いもやが椅子の前に渦巻いて集まり、だんだんと人の形を成していく。悪魔かピエロかよくわからないような黒い服をまとった、男か女かわからない何者かが、ゆっくり椅子に腰かけ、口を開いた。

「よく来たな、ダークオパール」

 出向いた覚えはまったくない。声でも男か女かわからない。何者かが続ける。

「わかってはいるだろうが、ブライトスターの奴らに手を焼いている」

「どうせ役に立たんだろうが、タルトの奴を付けてやる」

 そう言ってすみれを指さすと、その指から黒いもやが勢いよくすみれを包んでいく。黒いもやはすぐ晴れた。いつの間にか前方に小さな黒い猫が現れていた。自分の恰好も変わっている。体も首も動かせないので詳しくわからないが黒いドレスのようで、右ひざが見えている、下は短いスカートか何かに変わったのだろうか。

「さあ行け、ダークオパール。ブライトスターの奴らを倒し、世界を闇と絶望で包むのだ」

 強い語気でそう言うと、椅子に座ったまま手を開きながらその腕をすみれに伸ばした。

おおせのままに」

 私ではない私が口を開いた。何者かに乗っ取られたのだろうか。自分の意識ははっきりしているのに、体が言うことを聞かない。恐ろしくて声を上げたいが、声も出せない。闇が自身を包み、視界が消えていくと、遠くで雷の音が鳴った――



 ここはどこ?私の部屋でも家の近くでも学校でもないし、今までいた場所でもない。今までは夢の中だった?それとも今も夢の続き?

 森のそばの道の上、空は晴れていて、周りには人も建物もない。

 体は動くようになっていた。服装は黒いものから自分の服に戻っているし靴も履いている。が、胸に見たこともないペンダントがぶら下がっていた。くすんだ銀色のチェーンにトップには黒っぽい球状の宝石がついている。石を太陽の光にかざすと様々な色の小さな粒がキラキラ光ってとてもきれいだ。


 足元を見るとさっき見た小さな黒猫が、しきりに頭を掻いている。さっきの猫だとしたら絶対普通の猫じゃない。

「キミは誰?ここはどこ?」

 すみれが恐る恐る問いかけると、その黒猫は見た目に似つかわしくない態度で答えた。

「そんなのこっちが聞きたいよ。ネビュラー様と繋がらないじゃないか。一体どこへ連れてきたんだよ」

 かわいいけど、かわいくないなあ。すみれはかがんで、なだめる気持ち半分、きっと夢なんだから思う存分猫を触ってやろうという気持ち半分で、黒猫を右手ででながらもう一度聞いた。

「キミの名前は?」

「おい、くすぐったいからやめろ。タルトだタルト。」

 身をよじりながら、タルトは答えた。すみれは両手で撫で続ける。

「ネビュラー様って何?」

「やめろって言ってるだろ。偉大なる魔王イーブルネビュラー様、いずれ世界を手にする御方おかただよ」

 タルトは伏せて目を閉じている。すみれはあごの下とおなかを撫でながら続ける。

「ダークオパールって何?」

「オマエだよオマエ。ネビュラー様のしもべにして闇の魔法使いだよ」

 誰かも知らないのに従うつもりはないんだけどなあ。すみれの手はまだ止めない。タルトは横になったままおなかを見せている。気にせずそのまま撫で続ける。

「しつこいよ。やめろって言ってるだろ」

 やっぱり、かわいいけど、かわいくないなあ。タルトはだらしない姿勢に反して、強気な悪態は止まらない。すみれの手も止めるつもりはない。

 そんなかわいい尋問をしばらく続けていると、突然。

「やばい、人が来る!」

 タルトは飛び上がってすみれの影に飛び込んで消えてしまった。

 一体どうしよう。すみれが考え始めると、馬車がやって来た。


「この辺りじゃ見ない顔と恰好かっこうだね」

 馬を操っていた男が声をかける。

「すみません。ここは一体どこなんでしょうか」

 すみれがお辞儀をして、問いかけた。

「こんなところで迷い人なんて珍しい。この先に町があるから、ここにいるよりひとまず一緒に行かないか?」

「後ろに娘が乗っているんだ、町に着くまででも話し相手になってくれないか」

 男は優しい声で言った。

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