波乱の予感

 傭兵の輸送には五日かかったが、ロホセレウス・エスコバリア両都市とも初日の騒動の噂が流れたせいか、二日目以降は問題なく事が運び、五日目に至っては馬車に乗る傭兵がいなくなった。戦乱の噂はもうすっかり影を潜め、街中にいる傭兵も以前と変わらないようになった。

 さて、毅たち三人の情報収集はというと、傭兵の輸送と違って全く進展がなく、毅と新五郎は朝は修練、日中は護衛。すみれは本店でアルニカやアネモネと話をしたり仕事を手伝ったりという一日を繰り返すものであった。


「毅殿、馬車に乗る前に少し付き合ってもらえぬか?」

「刀が出来上がったんだって?俺も頼んだものがあるから構わないよ」

 とある日の朝、修練を終えた二人が会話を交わしていると、ブロムがやって来た。

「おはようございます、朝早くからご苦労様です」

「ブロム、今日の馬車はどっち行きなんだ?」

「今日はエスコバリアに一台の予定です」

「あっちも落ち着いたみたいだから、すみれちゃんを連れて行こうと思うが構わないか?」

 毅が聞いた。毅と新五郎の二人だけでは日本の手がかりを見逃すと考えたからだ。

「ええ、多分大丈夫と思いますよ」

「じゃ、午前のうちに武器屋に行くか」



 武器屋からの帰り道。丸腰で出た新五郎は刀を一組腰に差し、毅はトンファーを四本も抱えている。

「兄さん脇差わきざしも買ってたのか、今まで持っていたのと何が違うんだ?」

「両方ともを引いているのだ」

「刃を引くってどういうことだ?」

「刀だと斬りたくないと峰で打ったりするが、刀は峰で打つようには作られていない――」

「あー。刃をつけていないってことか?」

「大体そういうことだな、それでも切れる事はあるし、当たり所が悪ければ死ぬこともある」

はがねだもんな」

「毅殿のその木の棒は何なのだ?引っかけるようにして使うのか」

「名前を言ってもわからないと思うし、色々な使い方があるから明日の朝実際やってみて説明するよ」

「それは楽しみだな」


「毅殿、しばし待ってもらえぬか」

 酒屋の前で新五郎が言う。

「兄さんあの強いのもう飲んだのか?」

「まだあっちは四合は残ってる、マタタビの方は飲んだから他のを試してみるのでな」

「半分以上は飲んでるのか……」

 新五郎は店の中に入って行った。


 本店に帰ると馬車は既に表にあり、御者台にマートル、その隣にすみれが座っていた。

「マートル、もうそんな時間なのか?」

「いえ、時間はあるんすけど、すみれちゃんに色々教えてたんすよ」

「そういや馬車に乗ったのはあれ以来なかったか、荷物はもう積んであるのか?」

「はい、こっちの準備は出来てますよ、お二人はいいすか?」

「ちょっと待っててくれ、荷物を置いてくる」

 毅はトンファーを一組荷台に積み、本店の中に急いで入っていった。


 エスコバリア行きの馬車、コールスローサンドを食べながら、荷馬車の中では毅と新五郎が、御者台の上ではすみれとマートルがそれぞれ話していた。

「これすみれちゃんが作ったんすね、馬車に積んでいるタルタルソースもそうだって聞いたっすよ」

「ええ、おかあさんが作っていたものですけど」

「それでもすごいっすよ、おかげで馬車の上で喉が渇かなくなって便利っすよ」

「飲むものは持たないんですか?」

「持つことも多いっすけど、あまり馬車の上のほうに積みたくはないっすからねえ、革袋に少しだけってのが多いっすね」

 マートルは腰に結わえてある革袋を指差した。

「そうそう、積んであるタルタルソースも売れ行きが良くて支店の人も喜んでたっすよ」

「そんなに売れたんですか」

「多くは作れないから値段も高めになってるすけど、それでもほとんどけたって聞いたっすよ。で、売れ残りは店の者が食べるんすけど、ここ数日は売れ残りが無くなって従業員用に送ってほしいという声が本店に上がってきてるっすね」

 自分の母親の味が異世界で好評であるというのはとてもうれしい事であった。馬車の上ですみれは母親と一緒に作っていた料理は他に何があったかを思い返していた。



 エスコバリアに到着、荷物の積み下ろしを済ませる。空いた時間で散策がてら日本の手がかりを探したが、他の店でマヨネーズが並んでいた以外は全くなかった。マヨネーズの出処がどこか店員に尋ねたが、品薄で高く売れる物の出処は店員にも秘密だったようで、何の情報も得られなかった。

 仕方なく支店にある馬車に乗り込んで、エスコバリアを出るところ、衛兵に呼び止められた。

 馬車から顔を出して毅が声を掛ける。

「久しぶりだな、元気だったか?」

「ちょうど良かった。太守の私兵がおまえらについてぎまわっている。一体何をやったんだ?」

「さあ、俺達には全く心当たりはないと思うが、兄さんは?」

「俺も無いが」

「そうか、私兵には気をつけろよ」

「わかった、何か特徴はあるのか?」

「特に決まった格好をしていないから傭兵と大差ないが、腕は傭兵とは比べ物にならないほど強い。もちろん俺たち衛兵よりもだ」

「武器は何を持ってるんだ?」

「大抵は剣か槍だ。魔術使いもいると聞いたな」

「魔術使いかあ……」

 毅がため息をつく。

「ああ、心当たりがないなら襲って来るとか捕まえに来るとかは無いと思うが、とにかく気を付けろよ」

「ありがとう。気を付けるよ」

「かたじけない」

 毅と新五郎は衛兵に礼を言って別れ、馬車はエスコバリアを後にした。



 自由都市の本店。ギンコの部屋。ギンコが支店から送られた書状を読んで青ざめていた。

「会頭、どうされました」

「大変なことになった、ブロムはこの事を急いで首長に伝えてくれ」

「はい」

 ギンコは書状をブロムに渡した。目を通したブロムも真剣な表情となっている。

「馬を使っても――」

「もちろん。何かあったらこちらから使いを出す。すまないがしばらく向こうに詰めてくれ」

「わかりました」

 ブロムが慌てて部屋を出た。

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