変身と意外な伏兵(前編)

 戦士が七人、魔術師と思しき三人が毅を睨みつけている。彼らの表情にはもう慢心や油断というものが消え失せている。一対一とはいえ、完全に見くびっていた毅が、これまた武器とも思えない棒切れにしか見えないもので仲間を一瞬で倒してしまったからだ。

「これでもう見逃してくれとは言えないよなあ」

 誰にも聞こえない小さな声で毅はつぶやいた。私兵たちはまだこちらを睨んでいて、隙ができているわけでもない。

「誰も見てないかぁ……」

 毅は後ろをさっと振り返り、馬車を一瞥した。中で会話しているのだろうか、すみれとマートルの姿は確認できない。

「もうこれは使えないけど仕方ないか」

 何か腹をくくったようにまた毅は呟いた。

「何をごちゃごちゃ言っている」

 剣を持った女が声を荒げた。奥にいる三人のローブが杖を掲げて身構えた。

 戦いを止める意志は全くないことを確信した毅は、トンファーを横に放り投げ、真面目な顔で何も言わず静かに構えた。

 両脚は肩幅より開いて右足を前に、左手は握り拳を作って顔のそばまで引き、右手は開いて腕を前に伸ばす。実際は大きく違うのだろうが歌舞伎かぶき見栄みえを想像させるような動きだ。

 異様な雰囲気に呑まれたのか、私兵たちはじっと黙ったまま凝視ぎょうししている。

 今度は周りにも聞こえる音量だが、ゆっくりと毅は呟いた。

「変身」

 毅は微動だにせず姿を変えた。静寂はまだ続いている。


 変身は徐々に姿を変えるというものではなく、瞬きをしている間に既に変わっていたというような一瞬のものであったし、人間からコウモリ男へとの姿の変化は大きかったが、私兵たちの反応は思いのほか薄く、毅はわずかに肩透かしを食った気分になった。ほどなくして一人が声を上げた。

「夜獣人だったのか」

 初めて聞く単語が飛び出した。夜獣人が一体何なのかは知らないが、到底聞ける相手でもそんなシチュエーションでもない。毅はいまだ微動だにせず、私兵たちのほうでも構えを解かないし、かと言って攻めようともしない。膠着こうちゃく状態がしばし続いた後、毅は相手に向けていた右手の掌をゆっくり返して上に向け、二度挑発する仕草をとった。

 それを受けて私兵たちはそれぞれに視線を送りあい、変身した毅をゆっくりと取り囲んでいく。



 馬車の中では、すみれが身を縮めていた。それは無理もないことで、何気ない日常を普段通り生きていれば、命の危険を感じる機会なんて滅多にない。すみれ自身はこの世界に来る寸前と来たすぐの二度経験しているが、それでも簡単に危険に慣れるなんてこともないだろう。

 すみれの頭の中でタルトが声を上げた。

「すみれ、今からオレの言うことをよく聞け、一度しか言わないぞ」

「えっ?」

 突然のことにすみれは声を出した。

「すみれちゃん、どうかしたっすか?」

 マートルが振り返って聞いた。

「ごめんなさい。なんでもないです」

「ならいいっすけど、自由に声を掛けていいっすからね」

「ありがとうございます」

 すみれが礼を言うやいなや、タルトの声が頭の中に響く。

「用は済んだな、じゃあ言うぞ」



 馬車の後方では、魔術師を含めて五人が新五郎の前にいる。左前方にいた槍持ちは、手放した槍をまた手に取っていた。

 得意の戦法を破られて警戒しているせいか、前方の私兵と同じように構えを解くわけでもなく、仕掛けてくるわけでもない。後ろに倒れていた剣士も立ち上がって戦列に加わって、こちらも膠着が続いた。

 その瞬間、いつか新五郎を襲った不快な感覚がまた新五郎を襲った。正確にはその場のどこかにいた一人を除いた全員なのだが、新五郎も対峙していた六人もこの感覚に襲われ、私兵たち六人は一瞬だがたじろいでいた。当然この隙を逃す訳もなく新五郎は距離を詰めていた。

 それからはあっという間だった。ある者は足をすくわれ、ある者は頬を張られ……残るは新五郎に背中を向けてまで距離を取った魔術師ただ一人となった。


「ふがいないねえ」

 離れたところから突然声が上がった。魔術師はその声に応えた。

「隊長!」

「ふがいないねえ。十人だよ、十人。それも、たった一人に」

 中性的な声が響く。それぞれ金属製の鎧、兜、具足、手甲。人々が想像する中世の重騎士というにはいくらか軽装備だが、他の私兵よりかは重装備で一人だけマントをつけている。身につけているその兜や鎧のせいもあって性別はわからない。

 伏兵がいないか新五郎は意識していたのだが、新五郎も毅も挟まれるまで私兵集団に気づかなかったところ、もともと気配を消すのには長けた集団なのだろう。その隊長が新五郎に切り出した。

「あんた、強いねえ、仕事だからほんとはダメなんだけどさあ、ちょっとだけ相手してくれない?」

 装備は重いが性格は軽いと思われる隊長に魔術師が割って入る。

「隊長!」

「堅いこと言うなよ、ちょっとだけちょっとだけ」

 隊長は止める魔術師に対し軽い調子で一蹴した。

「悪いが、こっちは早く終わらせたいのだが」

「それはこっちも一緒だよ、すぐ終わる、すぐ終わるから」

 隊長は断る新五郎に対しても軽い調子で一蹴した。

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