変身と意外な伏兵(後編)

 変身した毅のほうでは大混戦となっていた。

 毅が押されているというのではない。変身して身体能力が大幅に上がっている毅に対して私兵たちの能力では、相撲取りと幼稚園児や保育園児ほどの差で、武器を持っていても簡単に弾かれてしまう。

 なのにどうして混戦になるのかといえば、毅の側で大幅な手加減をしている事と、魔術をやや過剰に警戒しているからだ。

 変身後の毅の戦い方は非常に雑である。得意だった超音波がやっぱり相手に効かないとわかると、飛び掛かってきた相手の攻撃を弾き、片手で胸ぐらをつかみ、魔術師達に向けて突き放す。離された者の勢いを考えると突き飛ばすと言ったほうが正しいかもしれない。

 これには理由があって、能力の差が大きく、格闘の投げ技では相手は受け身を取れないという点。もう一つは、魔術師達に距離を取りつつ、ある程度の手加減をしながら攻撃して隙を作る、あわよくば戦闘不能にさせる手段が現状これしか思い浮かばないという点だ。

 相手は命を狙っているのだから、いくらかの大怪我、極端に言えば命を落とすことも自業自得だと思われるが、毅の矜持きょうじがどうもそれを許さないらしい。

 最初の方は私兵たちが突き飛ばされてもまたすぐ起き上がり、立ち向かっていくのだが、連携を取ってもフェイントを入れても通用しない。

 同じことを繰り返し、力の差が徐々に分かり始めてくると、ヘトヘトになる者も出てくる。心が折れたのか、わざとゆっくり起き上がったり、中には立ち上がれるのに起き上がらない者まで出てくる始末であった。

 毅のこの雑というか、なげやりな戦法は半分は功を奏した。一人の魔術師は直撃を受けて起き上がれなくなっている。残り二人も逃げ回り、巻き添えを恐れて全く魔術を使わない。

 魔術への警戒もある程度は正解で、隙が出来たと毅が魔術師のそばに近づくと足元から炎が噴き出してきたこともあった。近づく者を罠にかけるような魔術もあるのだろう。

 ところが、これを繰り返して飛び掛かってくる側が疲れてくると、毅側の手数が徐々に足りなくなってくるのだ。

 既に毅のそばで火球や氷柱が飛び交い始めている。仲間に呆れて多少の巻き添えを許容したのだろう。

 相撲取りと園児達の取組なら最後には、相撲取りが園児達に押し出されたり、転がされたりするのだろうが、当然そうはならず、毅は倒れている者で元気そうなのを起こしてぶつけようとまでしていた。とてもじゃないがすみれやギンコたちに見せられるような戦い方ではない。

 この茶番とも言えるような戦いは突然終わった。ドーンと大きな雷鳴がとどろき、たくさんの稲妻が辺りを薙ぎ払った。

「ううっ……」

「いたたたたた」

 見た目ほど威力はないのか、巻き添えを食った私兵たちにうめき声をあげるのはいるが、息絶えた者はなさそうだ。毅のほうでもダメージは少しはあるのだろうがぴんぴんしている。

「お前ら酷いな、仲間だろ」

 毅は二人の魔術師に問いかけ、魔術師は即答した。

「お前に言われたかねえよ」




「ちょっとだけでいいんだよ。ちょっとだけで」

 突然現れた隊長の手合わせの誘いに新五郎は戸惑った。なにしろ相手はこちらを殺そうとしている者たちだ。どんな搦め手でやってくるかわからない。

「手合わせはいいが、俺が勝ったら皆を連れて引いてくれるか?」

「悪いが仕事だから出来ないよ。そうだな、私に勝ったらあの杖をやろう」

 魔術師の杖を指差して隊長が言う。たまらず魔術師が口を挟む。

「隊長!」

「それも悪くないか」

 魔術師を無力化できるなら悪くないと新五郎が話に乗ると魔術師がまた口を挟んだ。

「あんたも!」

「悪いねえ、杖はダメなんだって。その代わり悪いようにはしないさ」

 隊長は魔術師を下げさせて、剣を抜いて両手で構えた。隊長の剣は両手剣で柄に丸く磨いた石をあしらっている。新五郎が問いかけた。

「そちらは剣ならこちらも剣でいいか?」

「そのハルバードで頼むよ。あんたの使い方は見てて面白い」

「そうか、ハルバードというのか」

 新五郎は着物と履物を整えた後、ハルバードと呼ばれた槍斧そうふを持って隊長の前に向かった。

「いざ」

 新五郎はそう言って槍斧を隊長に向けた。が、どちらも動かない。新五郎が軽く振り上げると、隊長はその装備とは思えない速さで距離を詰めてきた。

 新五郎は槍斧を引いて間合いを合わせた。そのまま上から来た剣を受け、腹に蹴りを入れるが装備のせいで間合いを取るだけにとどまった。再び距離を取り、今度は新五郎が大きく振りかぶるような仕草を見せた。同じように隊長が距離を詰めに行き、新五郎の懐に入ったと思われた。が、穂先がいつの間にか隊長の後ろに回り込んでいた。すぐ新五郎が強く槍斧を引き、隊長の膝を絡めとり、手合わせは終わった。

「いたたた、あんたやっぱり面白いな、私に勝ったから少し時間をやろう」

「こっちは急いでいるのだがな」

 新五郎が着物を整えながら答える。

「今度はこいつも入れて二人だ、それまで体を休めておけ」

 親指で魔術師を指して隊長が言い放ったその瞬間、馬車から気配が消えた。

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