トンファーの青年、ハルバードの侍

 馬車の前方では毅と十一人の私兵が対峙していた。

「俺達の人数を見てまだ進んでくるとは勇敢だねえ、ま、逃げようとしてもそうはさせないが」

 道の右側に座っている男が見下した笑いを浮かべながら言った。

 毅が口を開く。

「そうだなあ、これだけの人数で一人二人と戦ったなんて恥ずかしくて自慢にもならないから、ここはお互いのため見なかったことにならないかなあ」

「悪いが仕事なんでね、誰も見てないからいいのさ」

「誰も見てないねぇ……」

 毅はつぶやく。横に座っていた者たちがゆっくりとバラバラに立ち上がる。毅は両手にトンファーを持ち身構えた。

 横にいた別の男が毅のトンファーを見て言った。

「威勢がいいな、だがそんな棒きれで何が出来るんだ?」

「出来そうもないから見逃してくれないかなあ」

 毅は構えを解かずに答えた。

「おいおい、こんなのに俺達全員駆り出されたのか、俺一人で十分だ。おまえらは座って見てろよ」

 まさかりや薪を割る斧にしては刃の部分が小さい、戦闘用の斧らしきものを持ったやや大柄の男が周りを制しながら前に出て言った。自分の得物を指して続ける。

「これで腕ごとその棒切れを斬ってやるよ。おまえらも良く見ていろよ」

 残りの者たちは皆は座らず、座ったのは二・三人にとどまって、他は立ったまま腕を組んでいたり、横の者と互いに談笑を始めたりしている。斧を持った男に対しておおむね異存はないようだ。

「悪いな、皆」

 斧の男は毅に向けた目線を反らさず仲間に手を上げ、斧を構えた。

「はあ、お手柔らかに」

 乗り気ではない声で毅は言う。男は毅に答えず斬りかかった。



 ゴッという鈍い音が辺りに響き、周囲から笑い声が消えた。二人は重なったまま動かない。毅はしまったという顔をしている。

 周りの者たちにはこのように見えていた。

 男が上から両手で振り下ろした斧を毅は左腕で捌き、右手で脇の下を殴りかけた状態で拳を止めた。そのまま二人は動かない。

 実際のところはともかくとして、長い間の静止と沈黙の後、斧を持った男は静かに崩れ落ちた。静寂が徐々にどよめきと変わる。

 倒れた男は苦悶の表情を浮かべている。正確には毅は脇を殴ったのではなく、トンファーを回転させて後頭部を打ったのである。気を失っているとまではいかないが、しばらくの間は立ち上がることすらできないだろう。

 毅は後悔していた。みっともなく逃げ回っていれば相手を油断させることができただろうに。残りは十人いる。どのように襲って来るかわからない魔術師が三人はいる。どよめきが徐々に静寂と変わる。くつろいでいた者たちは皆、身構えていた。



 馬車の後方の新五郎。残りは赤いローブの女魔術師と戦士が五人。体勢を立て直したか、魔術師の隣には剣。両側に剣と槍がそれぞれ一人ずつ、左右の槍は新五郎の方を向いている。

「仕切り直しか」

 新五郎は怪訝けげんそうな顔で呟いた。というのは、新五郎に向けている槍が微妙に外れているのだ。新五郎は手にしている槍斧そうふを女魔術師に向けた。女魔術師は何やらぶつぶつ呟いている。呟きを止めると左右に視線を遣り、大きな声で呪文を唱えた。

「ファイアーボール!」

 その声とほぼ同時に槍持ちの二人が前に出て槍を突き出した。左右の剣は後ろに回り込もうとしている。

 魔術師が初めに出した火球は大きかったがそれよりも一回りも二回りも大きく、突き出された槍は新五郎の前で交差して前と左右に逃げることを防いでいる。後ろから避けようとすると、飛び出した剣士の二人が追撃するのだろう。

 新五郎は左手で突き出された槍をそのまま引っ張りつつ、右手で大きく槍斧を前方から右後方に大きくいだ。

 左前方にいた槍持ちは前に大きくバランスを崩し、槍を手放した。が、槍を手放したおかげで火球の餌食にはならず、火球は右側にかわした新五郎との間を抜けていった。

 一方、新五郎が振るった槍斧は右前方の槍持ちの鼻先をかすめていく。右側の槍持ちは動きが固まった。槍斧はそのままの勢いで右後方にいた剣士の背中に向かう。新五郎は手首を返して槍斧の向きを変え、勢いを増した。

 槍斧の側面が剣士の背中を突き飛ばした形になり、火球の後を追うように飛んでいった。こちらも火球には当たらなかったが、起きあがってくるには時間がかかりそうだ。

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