エスコバリアの夜は更けて(後編)

「すみれちゃん?」

 目を丸くして毅が小声で驚く。

「すみれ殿、夜も遅いので俺たちに任せて部屋の中に……」

「大丈夫です、三人で行くって言ってましたよね」

 普段のすみれとはうってかわって強気な感じで答える。

「確かにそうだったけど、今から行ったら終わったら朝になるよ?」

 毅がなだめるように言う。

「すぐ終わらせます、案内してください」

「仕方ない、行こうか……」



 静かで真っ暗な道を着物・ラフな洋服・ワンピースドレスとちぐはぐな恰好の三人が進んでいく。

「こっちの方だって前、衛兵が言ってたんだ、あれじゃないか?」

 毅が指をさす。遠くにぽつぽつと灯りがともった三階建ての大きな建物が見える。

「広いな、あの建物のどこにいるんだ?」

「わからないな、探ってくるから二人はちょっとここで待ってて」

 毅がそう言うとすぐ変身し、夜の闇に紛れて消えていった。

「すみれ殿、夜はどこから何が飛んで来るかわからない。離れていたと思っても、いつの間に間合いを詰められていたということもある。決して油断なきよう」

「はい」

 新五郎が心構えを説いていると、いつの間にか毅が戻っていた。

「早かったな」

「ああ、あの建物の二階に寝室があって、太守はそこで寝ているようだ」

「もう中に入ったのか?」

「その部屋には入ってないが、衛兵が扉で部屋を守ってた。衛兵が守っていたのはその部屋だけだったから多分そこだろう」

「わかった」



 毅のあとをついて二人が行く。門でもない小さな川沿いで毅は足を止めた。

「ここから行こう」

「ここから?」

 新五郎がいぶかしむ。

「すみれちゃんはここで待ってて」

 すみれは首を横に振る。

「じゃ、ここを真っ直ぐ飛んでいくとバルコニーが見えるからそこの上で待ってて。先に俺たちが着地して合図するから、それまでは見つからないように必ず上で待ってて」

 すみれは頷いて無言で飛んで行った。

「兄さんちょっとこれ持って」

 毅は新五郎にトンファーを預けると変身し、新五郎の両脇を後ろから抱きかかえ飛び上がった。



 新五郎はわあと叫びたい心境であった。二人が空を飛べるとわかったのが昼。それだけでも驚きだが、まさか自分も空を飛ぶとは思いもしなかった。昼間で人の目がないなら少々騒いだりはしゃいだりもできたのだろうが、今は真夜中で状況が状況だ。そしてさっきまですみれに心構えを教えたばかりで、そのすみれは平然と前を飛んでいるからなおさらだ。着地するまで新五郎は無表情で借りてきた猫のようにおとなしくしていた。

 二人は無人のバルコニーにそっと着地し、変身を解いた毅はすみれに手を振って合図した。

「兄さん、どうした」

「いや、何でもない」

 バルコニーの外から新五郎が中をうかがう。特に見回っている衛兵はいないが二人の衛兵がある一つの部屋の扉の前で椅子に座っている。

「二人がいる奥の部屋か」

「ああ」

「ここからは距離があるな。気取けどられずに近づくのは難儀だな……」

「そうだな、人数は少なそうだから力ずくで行くか?」

「いや、後で出られなくなっても困る」

 新五郎が難色を示す。

「私が」

「えっ?」

 すみれに二人が驚いて止めようとするが、いつの間に黒い指揮棒のような物を手にしたすみれが建物の中に入っていた。慌てて二人が中に入ると、衛兵は二人とも椅子から転げ落ちていて倒れていた。

 衛兵の元に駆けよった毅が様子を確かめると、二人ともぐうぐう音を立てて眠ってしまっている。ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。

「うわあ」

 毅が思わず声を上げる。落ち着いたのち部屋の様子を覗うと、新五郎とすみれもやって来て扉の前に立った。

「兄さん、隠れている奴がいると思うか?」

「俺には一人しかいないと思うがわからん」

「俺もそう思う。行くか」

 三人がそっと部屋の中に入るともうひとつ扉があった。同じようなやり取りを繰り返し、扉を開けると大きなベッドが中央にあり、薄明りの中そこに男が眠っていた。


「おっさん、おいこら、おっさん、起きろ」

 毅が少し乱暴に頬を叩く。男は慌てて飛び起きようとしたが毅の左手が男の長い髪を掴んでいて起き上がることが出来なかった。

 毅が男の髪と右腕を、新五郎が左腕を持ってゆっくりだが力づくで男を起こしあげた。

「おっさん、何やったかわかってるよな」

 毅が問いかけるが、突然のことに男は大きく目を見開いてうろたえている。毅が畳みかける。

「じゃあ、ちょっと悪い夢でも見てもらおうか」

 男が首を振ろうとするが髪を掴まれている。男の目の前にベッドを挟んですみれが立っていた。

「すみれ先生、お願いします!」

 突然の毅の冗談にすみれは笑いを隠せなかったが、すぐ真顔になり黒い棒をかざす。棒から黒いもやが現れて男を包み込んでいった。

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