エスコバリアの夜は更けて(前編)

 目覚めたマートルが脇を見ると横たわった私兵がずらっと並んでいる。マートルが目を覚ます前に三人が並べたのだ。

「こんなにもいたんすか。よく無事だったっすね」

「そうなんだよ。俺達もびっくりだよ。で、この人数だろ」

「ええ」

「今日は馬車一台だし、積み荷もある」

「そうすね」

「この人数を積んでいけないし、ギンコのところに運ぶのも不安だろ?」

「ですね」

「それでマートルに先に戻ってもらって、ギンコに応援の馬車を寄越して欲しいんだ」

「わかりました、あと一台あれば大丈夫そうすね。すみれちゃん、乗ってください」

「あー、すみれちゃんには俺達と一緒に見張りをしてもらうことにした」

「大丈夫なんすか?」

「俺たちがいるから大丈夫だ、この人数だと人手が欲しい」

「はあ、わかりました」

「待て、マートル、聞きたいことがある。支店にこの人数を置いとける空きはあるよな?」

 馬車を進めようとするマートルを毅が引き止めた。

「それくらいなら余裕はあると思いますけど、縛ったりしなくても大丈夫なんすかね?」

「そうだなあ……」

 毅は横たわっている私兵たちを見てみた。皆悪夢を見ているらしくうなされている。運んでいるときもそうだったが起きそうな気配はない。これ全員をすみれがやったのだから恐ろしい。今後すみれを怒らせるのはやめておこう。

「……大丈夫そうだな。とにかくここで待ってるからギンコに伝えといてよ」

「もう行っても大丈夫すか?」

「ああ、すまないが頼むよ」

 マートルの馬車は自由都市へ戻っていった。

「この位置だと戻ってくるのは一時間半から二時間ってところか」

「荷の積み下ろしを考えるともっとかかるかもしれぬな」

 三人の打ち合わせが再開した。



 マートルが出発したのはまだ夕方にはなっていなかったが、応援の馬車二台を連れて戻ってきた頃には空はもう暗くなっていて、日の沈んだあたりだけが薄く赤くなっていた。

「遅かったな、マートル。あれ、ギンコも来たのか、店は大丈夫なのか?」

「皆さんご無事で。こちらでも対応策を考えていたので遅くなりました」

 一呼吸おいて、ギンコが続ける。

「自由都市の首長とも相談した結果、エスコバリアの中までは運ばず、衛兵に発見させるよう手前に置くことに決まりましたがよろしいですか?」

「ああ、それでいいよ」

 毅は答えた。新五郎も頷く。

「もう暗くなってるし、早く積み込まないとな」

 毅が先頭の馬車を覗き込むと中にはアルニカがいた。

「アルニカちゃんもいたのか、ギンコ、連れてきても良かったのか?」

「すみれさんが無事だと言っても、ついてくると聞かなくて」

「毅さん、アネモネさんに頼んでお夜食作って貰って来たのよ」

 すこし不機嫌な声でアルニカが言う。

「ごめんごめん、ありがとう。すみれちゃんはこっちに乗ってもらって、俺たちは後ろで見張ってるか」

 逃げ出すように毅は横たわっている私兵の元に駆けた。



 馬車が出発し、私兵を下ろしてエスコバリアの支店に到着した頃には、もう辺りは真っ暗になっていた。建物からは灯りが洩れているが、自由都市で見た街灯は無く、まだ夜は深くないが人気ひとけが全くない。

「マートル、今気づいたがこの町は街灯がないんだな、昼と違ってなんか寂しいな」

「ええ、この辺じゃ街灯は自由都市だけすね。この辺は住宅が少なく店舗が多いので人気ひとけは無いすが酒場がある別の通りは少し明るくて人がいますよ」

「ここで話もなんですから中へどうぞ。支店は住み込みがいないので何もありませんがとりあえず」

 ギンコに促され、皆中へと入っていった。



「みんな寝たようだな」

「そうだな」

 軽い打ち合わせを済ませ、割り当てられた部屋に入って数時間後の深夜。廊下で毅と新五郎がひそひそと話をしている。

「予定は大きく変わったけど、二人で行くか」

「すみれ殿を巻き込まずに済んで良かったじゃないか」

「それもそうだな、ただ、すみれちゃん怒りそうだな」

 二人がこれからやろうとしているのは早い話が殴り込みである。危険なので当然すみれを巻き込みたくない。

「そこは仕方ない。毅殿、支度はできたか?」

「ああ、いつでもいい」

 毅はトンファーを手に、新五郎は自由都市で作って貰った刀を一組いている。

 昼間使っていた槍斧そうふも騒ぎのあとちゃっかり貰っていったが、他の武器と共に馬車の中にある。ただ、隊長の剣は隊長が悪夢を見ていてもしっかり抱きかかえたままになっているためそのままで、杖や飾りのついた高価そうな武器もまたそのまま私兵の横に置いてきている。

 さておき、二人はそっと支店の裏口から外に出た。そこで目にしたのは腕を組んで仁王立ちになっている黒いワンピースドレスを身につけたすみれであった。

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