新五郎、消ゆ。(前編)
――関東地方の街道沿い、とある宿場町のはずれには、くすんだ色の建物が二軒ある。蔵のような建物は夜だけ開く
屋敷の中では白い髪の老人と体格の良い男が火鉢を挟んで酒を飲みながら世間話をしていた。
老人は綿入れを羽織って
「あんたの腕じゃあ、仕官先もよりどりみどりだったろうに、なんでこんな
老人が、わずかにしゃがれた声で
男は姿勢を崩さず口に付けていた
「あったにはあったんですが、このご時世でしょう。やれ異国がどうだ、やれ
「親父さん、ちょっと……」
「客人が……ええ……引き上げてます……十五人ほどですかね…………今は若い者で……」
状況から博打の客がイカサマだと騒いでいるのだろう。
「酒は飲んでたのかい」
老人が問う。
「……いやあ……負けてああなっても……」
困惑した顔で若い衆が答える。
「五郎さん、ちょっと頼まれてくれねえか?」
老人が正座の男に向かって言った。
男の名は
「客人を
「騒いでいる客人が十五人ほど、若い者は八人で抑えて他の客は帰らせてます」
若い衆が代わりに答えた。人差し指を上に向けくるくると回している。
新五郎は自分の刀一組を手に立ち上がり腰に差し、少し思案して言う。
「どうも手数が足りないな……親分さん、長いのいくつか貸して貰えますかね。
「引いてるのはねえなあ、おい、言われたのと酒を用意しな。ああ、味なんかわかんねえんだから、めいいっぱい薄めとけ」
なにやらゴソゴソしながら親分は若い衆に向けて言った。
やってきたときの困り顔とは一転して、笑ったまま若い衆が返事する。
「小便ぐらい入れてもどうせバレやしやせんぜ、どうせなら
やめてくれ、新五郎はたまらず割り込んだ。
「俺も飲むんだ、変な事はよしてくれ。あと、薄めなくてもいいからな」
「へーい」
灘生まれという若い衆は渋々引き上げていった。
「これも持っていきな」
親分が刀を大小、ひと振りずつを投げてよこした。
「二、三年前か、若いお侍さんが、払えないってんで置いてったもんだ。無銘だがな」
「
親分が
「へぇー、無銘にしてはいいですね」
抜き身の刀を持ち上げながら新五郎は言った。
「だろ?俺がもうちょっと若けりゃあ、振り回して遊んだんだけどなあ。若いのにやっても
博徒を斬ったところであまり喜ぶとは思えないが、新五郎はそこのところは口に出さなかった。
「じゃあお借りします」
「しかし、道具をいっぱい持っていたら、まるで明王様だな。」
親分が顔を崩しながら、手を合わせて拝む真似をしながら笑って言った。
「そこはうまくやりますよ」
新五郎が答える。
「そうそう、酒で片付くならいいんだが、もしうちのシマ狙いの他所者なら……」
親分は急に真顔になり、右の人差し指を首に当てて引いて見せた。
新五郎は静かに
「あー。刃を引いたのなら無いが、これならあるぜ、これも持っていけ」
と、親分は笑みを浮かべながら今度は短刀らしきものを投げてよこした。見てみると十手だった。
「ぞっとしませんね、ここにはとんと似合うものじゃあありませんから、これは貰っていきます」
新五郎は帯の背中側に差して悪趣味だと苦笑しながら部屋を出て行った。
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