傭兵輸送作戦(復路編)

 エスコバリア関門前、傭兵四人と衛兵がもめている。傭兵三人は人間で片手剣をいている、一人はフードをかぶっていてよくわからない。その周りは野次馬で人だかりができている。

「引き止めといて、急に帰れなんてどういうことだよ」

「悪いが、俺たちはお前らの事情を詳しく知らないんだ」

「いったいどうしたんだ」

 毅は割って入った。

「シダーの者か、こいつらが全く悪いわけじゃないんだが、ここを出ることに納得してくれんのだ」

 衛兵が答える。

「お前は一体誰なんだ」

 傭兵の一人が問う。

「ああ、馬車の護衛だよ」

「その馬車はいつ来るんだよ」

「準備があるからしばらくかかるが、そう時間はかからないと思うぜ」

「じゃあ、そのあいだ手合わせ願おうか、手加減はしてやるよ」

「はあ、そりゃどうも」

 傭兵が一人、前に出て人のいない場所を指差す。毅は面倒そうに承諾した。自分から首を突っ込んだせいも大きいがつくづく運がない。

「お前、武器はどうした」

「元から持ってないよ」

「そんなんで護衛になんのか、行くぞ」

 傭兵は剣を抜いて毅に斬りかかっていく。毅は相手の右手に持った剣の握りを右手で持ち、体を半回転させ左足を踏み込みつつ背中と左肩を相手の胸にぶつけた。

「やべ」

 毅は声を上げた、傭兵は伸びてはいないようだが吹っ飛んでいた。

「すまんすまん、大丈夫か」

 剣を拾って、傭兵の元に駆け寄る。

「いててててて……お前強いんだな」

 傭兵はそう言って剣を受け取った。

 野次馬はぽつぽつと立ち去っている。毅が傭兵を連れて衛兵の元に行くと、衛兵が声を掛けてきた。

「あんた、見かけによらず強いんだな」

「これでも一応護衛をやってるからな」

「こっちで兵士をやらないか?」

「武器が使えるわけじゃないし、連れがいるからやめておくよ」

 毅はやんわりと断った。

勿体もったいないな、結構上に行けるだろうに」

「死ぬのが怖いからな、噂が本当じゃなくて良かったぜ」

「そりゃそうだ。だがどうもお偉方は諦めきれてないようでなあ」

「本当か、痛い目見るのは俺たちだけなのにな」

「全くだ。俺たちは今の仕事で満足なんだがな」

 衛兵の愚痴をしばらく聞いていると、マートルの馬車がやって来た。

「馬車に乗せるのはここの四人だけか?」

「ああ、今日乗る奴らはもう出発したし、嫌がってる奴らはまだ居座ってる」

 衛兵が答えた。

「そうか、着いたら返すから悪いが武器は外してくれないか」

 毅は傭兵たちに向かって言った。

「それじゃあ気をつけてな」

 衛兵はそう言って見送った。



「ブロム殿が馬車に乗るのは珍しいですね」

 一方の西ルート帰り道。新五郎は御者を務めているブロムに話しかけた。

「普段は本店にいますからね。普段出るのは会頭とアルニカですが、こういう時はやっぱり不安ですからね」

「まあアルニカ殿を連れるのは気掛かりだなあ」

「そうそう、卵と食用油を仕入れましたので今晩はマヨネーズの試作をすることになると思います。お付き合い願えますか」

「いいですね。あれは本当にうまかったなあ」

「まさかすみれさん達がご存じだとは思いませんでした」

「俺の知らないことをあの二人は本当によく知ってます」

 時代が違うことをぼかして新五郎は答えた。馬車には卵と食用油以外にもいろいろな食品を積んでいるようだ。

「新五郎さん、ひとつ聞きたかったことがあるのですがよろしいですか?」

「何でしょう」

「会頭より私の方に対して丁寧な振舞いをされてるように感じるのですがそれはどうしてでしょう?」

「……ああ、気を悪くしないで聞いてください」

「はい」

「故郷の神様の中にブロム殿に似ているものがいるので、気さくにやるのがどうもやりづらいのです」

 新五郎が言っているのは牛頭ごず天王てんのう牛頭ぎゅうとう観音かんのんのことである。

「そういうことだったんですか。しかし、私に似た神様がいるというのは何かむずむずしますね」



 さて、もう一方。エスコバリアからの馬車一台が単独で帰途の中、乗客の四人の傭兵とエスコバリアについて話をしていた。

「お前たちも災難だったんだなあ」

「あんな扱いされたんじゃこれからエスコバリアにはもう付く気は無いよ。西側できままにやってくさ」

「ところで、フードの兄さんから預かったのは杖で刃物を仕込んでいるようには見えなかったがどうやって戦うんだ?」

 フードの男は答えた。

「魔術師を見るのは初めてなのか?俺は魔術使いだ」

「すげえなあ、マートル、マートル、魔術使いだってよ」

「そりゃあ、傭兵の中には魔術師がいることもあるっすよ……」

 マートルは御者台から振り返らずに答えた。

「あんた、本当に魔術師見るの初めてなんだな、魔術は出来ないのか?」

「全然だ、俺の故郷くにじゃできる奴はいないと思うぜ」



「くしゅん」

「すみれちゃん、どうしたの?」

「なんでかな、多分なんでもないと思う」

 アルニカの部屋の中、すみれは世間話がてら自由都市のことを教えてもらっていた。



 再び馬車の中。

「まあ、あんたほど強けりゃ魔術なんかなくても大丈夫か」

「なあなあ、良かったら魔術を見せてもらえないか?」

「俺は別に構わないが……杖は……別になくてもいいか」

「馬が驚くから後ろ向きにやってくださいよ」

 マートルが釘を刺した。

「ああ、わかってる」

 魔術師はそう答えて毅と馬車の後ろ側に移動して幌を開けた。

「いったいどんなことが出来るんだ?」

「そうだなあ……じゃ、まあ基本的なので、ファイアーボール!」

 魔術師の指先からこぶし大の火球が後方に飛んで行った。

「すげえな」

「他にもこんなことが出来るぜ。アイシクル!」

 今度はつららが馬車から後ろに飛んで行った。

「すげえな」

「あんたすげえなしか言ってねえな。これはどうだ。サンダークラウド!」

 馬車から小さな雷雲が飛び出し、数秒後、雷雲から小さな雷が落ちた。

「遠くだからいいすけど、雷は勘弁してくださいよ」

 マートルが注意した。

「悪い悪い」

 毅の反応に気をよくしたのか魔術師は機嫌がいい。

「こういうのはどうだ。エアーブレード!」

 魔術師の指先からなにやらつむじ風のようなものが出ている。

「よく見えなかったから、もう一回やってくれないか」

「ああ、そうか。そこの草むらを見ててくれ。エアーブレード!」

 つむじ風が草むらにぶつかると辺りの草が千切れて舞っている。

「いや、ほんとすげえなあ」

 驚きどおしの毅と上機嫌な魔術師のせいで、馬車の後ろから色々なものが飛び出す異様な光景はしばらく続いた。

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