傭兵輸送作戦(往路編)

 その日の夜遅く、すみれの自室。すみれはベッドの中で両親のことや元の世界のことを思い出していた。ここに飛ばされて十日以上になる。これまでは飛ばされたこと自体やこちらの世界についての純粋な驚きが強すぎて、ゆっくりと元の世界を思い出す余裕は無かった。しかし、今晩食べたマヨネーズが母親と一緒に夕食を作った思い出を蘇らせてしまった。お母さんとお父さんは元気だろうか、学校はどうなっているだろうか、自分が元に戻れた時は魔王の影響下から無事外れているだろうか。

 トントントンと小さく壁を叩く音がする、音の出処でどころを向くと、タルトが壁を叩いていた。

「どうしたの」

 すみれは起き上がり、タルトの方に向かった。

 タルトは毅や新五郎の部屋の方向の壁を必死にたたいている。今の時間だと二人は酒を飲んでいるところか、もう寝てしまっている時間だろうか。

「ほら、もう寝るよ」

 タルトを壁から引き離す。タルトはじたばたしている。人が来たらすぐ影に引っ込むのに随分大胆だ。そんなにお酒が好きなのだろうか、未練がましくじたばたしているタルトをベッドまで連れて行って、すみれは眠りについた。

「にゃー」

 小さく低く、恨み言を吐くかのようなタルトの鳴き声がした。



 翌朝、朝食を済ませた毅たちが町の広場に着くと、何台もの馬車のほかに、大きな人だかりが出来ていた。

「何の騒ぎだ?」

「やっぱり騒動が起きてますね」

 毅の問いにギンコが答えた。

「そんなに気が荒いのか?」

「それもありますけど、乗せるのに武器を外してもらうのを嫌がっているのでしょうね」

「難儀だな」

 新五郎が呟く。腰には刀と木刀一本ずつを差している。

「毅殿」

「仕方ないなあ、みんなはここで待ってて」

 毅と新五郎は人だかりをかき分け、その中心へと向かった。

「だからこれは命の次に大事なんだよ」

「武器を外してくれないと乗せられないよ」

 町の衛兵と大きな戦斧を背負った熊のような大柄の獣人傭兵が押し問答をしている。毅はそこに割って入った。

「一体何があったんだ」

「ああ、あの時の。武器を持ったまま乗ると言って聞かないんだ」

「なんだてめえは」

 大柄の傭兵は不機嫌さを隠さない。

「みんな預けてるんだからお兄さんも頼むよ」

「うるせえ」

 大柄の傭兵は強く腕を振って毅を払いのけようとしたが毅は後ろに下がってかわした。

「今日出発するなら早く出発したほうがお兄さんも都合がいいだろう?」

「ごちゃごちゃうるせえ、てめえ一体なんなんだ」

「護衛だよ」

「てめえが?その小さな体で?何も持ってねえのにか?隣はてめえよりましな体みてえだがその木の棒でか?」

 その傭兵はそう言って笑った。

「おう、どうしたよ」

 仲間と思しき傭兵が三人寄ってきた。灰色の狼のような獣人が一人、大柄の人間が二人、三人とも大剣を下げている。

「こいつら馬車の護衛らしいぜ。こいつらより俺たちを雇ってくれよ」

「悪いが、割のいい仕事なんで譲れんよ」

 新五郎が答えた。

「じゃあ、力ずくで乗せてみろよ」

 傭兵たちはそれぞれ武器を構えた。

「毅殿、ここは俺が」

「じゃ、兄さんに任せるよ」

「一人だと?馬鹿にしやがって」

 熊獣人が戦斧を勢いよく振り下ろしたが新五郎はその手を取って背負い投げた。熊獣人は吹っ飛んでいったがその間に三人が新五郎を取り囲む。三人が大剣を一斉に振り上げた瞬間、新五郎は狼獣人に近づいて顎に張り手を入れ、残りの二人に向かって突き飛ばす。

「わわっ」

 二人の傭兵は仲間の狼獣人に切りかかりそうになったため慌てて動きを止めた。その隙に新五郎は右の男には手刀、左の男には膝蹴りを入れて戦いは終わった。四人ともすっかり伸びている。

「さすがだな。衛兵さんこいつらどうするの?」

大事おおごとにするのも面倒だから、伸びてるうちに馬車に積んで運んでくれないか」

「……ああ、ちょっと聞いてくる」

 毅はギンコの元に向かった。



 西方面行きに割り当てられた馬車。伸びて眠らされた四人の傭兵の他に三人の獣人の傭兵と一緒に新五郎がいた。

「ほう、お兄さんは強いだけじゃなくて酒の選び方もわかってるにゃー」

 猫の耳と尻尾をした女性の獣人が話しかけてきた。模様から見てトラ猫だろうか。

「酒?ああ、昨日飲んだもののことか、よくマタタビ酒だとわかったな」

「だってあたしらはこれのために働いてるようなものだからにゃー。持ち合わせがなくって飲むことはできなかったけど」

 残念そうに猫獣人は答えた。

「俺は飲んだぜ、うまかったにゃー」

 同じく獣人の男性が入ってきた。こちらは黒猫だろうか、黒豹だろうか。

「にゃにっ!」

 女性の獣人が怒っている。もう一人の虎と思われる男性の獣人も加わった。

「ほう。乗り合いの金まで無くなったのはお前が飲んだせいか」

 虎の獣人は黒猫の獣人を引きずって少し奥に行った。女性の獣人も続く。

 馬車に揺られながら新五郎は黒猫の獣人が二人に詰められているのを眺めている。



 東方面、エスコバリア行きの馬車が目的地に着く。こちらは傭兵は乗せず、代わりに支店への荷物が載っている。さすがギンコは抜け目ない、いや、商人ならそんなものか。毅は御者のマートルに話しかけた。

「マートル、やっぱりこっちもか」

「そうみたいっすね。支店で荷下ろししてきますんで、よろしくお願いします」

「はいはい」

 毅は人だかりの中に向かって歩いて行った。

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