魔法少女、厨房に立つ(前編)
エスコバリアからの馬車の中では魔術の講義が行われていた。と言っても、受講生は毅一人である。
残り三人の傭兵は離れて魔術師と毅の二人を見守っている。
「あいつがあんなに喋るなんて見たこと無いぞ」
「俺もだ、あの兄ちゃん随分気に入られてるな」
「あいつ結構いろんなこと出来るのな、炎しか見たこと無かったぜ」
「言ってくれれば他の魔術も頼んだのに」
仲間からの魔術師の評価が知らない間に上がっている一方、魔術の講義はまだ続いていた。
「属性というのが色々あるのはわかった。杖はどういう役割があるんだ?」
「杖があると威力が上がるのさ。初めに見せた火球は小さかったろう」
「それでもすごいがな。杖があるとどれくらいの威力が上がるんだ?」
「そうだな、これは使う者が何が得意かで変わるが、俺の持っている杖なら、苦手なので二・三倍、得意なので六倍から八倍くらいってところだな」
「わざと小さい魔術を使うときは杖を手放すのか?」
「いや、杖があると威力も上がるが、小さいと負担も少なくなるからあったほうがいいな、簡単な杖でも無いよりかは遥かにいい」
「負担って一日にはどれくらい使えるもんなんだ?」
「体調と場所にもよるが、今の俺ならまだ半分くらいってとこか。例えば水なら滝や川沿いなんかは出しやすいから負担はほとんどないし、砂漠や荒野なら何倍何十倍にもなるな。人にもよるが俺は出し尽くしたら翌日はその四分の一も使えなくなる。三日以上使えなくなる人もいる」
魔術師は上機嫌なので聞かれてないことも快く答える。そうこうしているうちに馬車は自由都市に戻ったようだ。いつもより早く出たのでまだ夕方にはなっていない。
「いやあ、たくさん聞かせてもらって済まないな、本当は魔術以外の事も色々と聞きたかったのだが……」
「俺たちは西のどこかにいるだろうからまた会ったら酒でも飲もうぜ」
剣を持った傭兵が答えた。
「そうだな、ただ、酒は苦手だからその時は一緒に飯でも食おう」
「ああ、約束だぞ、必ずだからな」
魔術師が言った。
「それじゃあ、みんな元気でな」
「お前こそ、くたばるなよ」
傭兵たちに別れを告げ、毅とマートルは本店に帰っていった。
本店に戻ると新五郎は既に戻っていて、三人そろったところで地下にある厨房に案内された。厨房はここで生活している人数の割にそれほど大きくないが、出来上がった料理を置いておく大きなテーブルがあって、奥のほうには採光窓がいくつか見える。厨房の中には炊事洗濯など本店内の家事を担当するアネモネがいた。
「アネモネさんおじゃまします、マヨネーズを作るんだって?」
「あら、みなさんよろしくお願いします。作り方を知ってるなんてすごいですね」
「一番知ってるのはすみれちゃんだけどな」
「そうなんですか、すみれちゃんよろしくね」
「よろしくお願いします」
すみれは軽く頭を下げた。しばらくしてギンコがアルニカとブロムを連れてやって来た。
「すみれさん、卵と酢と油を用意しましたが何か足りないものはありませんか?」
「ええっと、ボウルと泡立て器はありますか?」
「ボウルは木製でいいかしら。泡立て器とは?」
「ええっと……」
すみれは困って毅の方を向いた。
「ギンコ。針金はわかるか。こう、曲げた針金何本かを柄に付けた、かき回すことで物を混ぜ合わせたり、泡立てたりするものなんだ」
ジェスチャーを交えて毅が説明する。
「針金はわかります。材質は何がいいでしょうか」
「食べ物に触れるんだから、鉛はまずいな。鉄で、できれば鋼だったら言うこと無い、ボウルの方も削れる木よりかは薄い鋼の方が軽くて頑丈でいいとは思う」
「材質はわかりました。ボウルの方はわかりますが、泡立て器の詳しい形を絵に描いて貰えませんか?」
ギンコがブロムに目をやると、ブロムが厨房を出て行った。
「俺は絵は下手だからなあ、すみれちゃんは大丈夫?」
すみれが頷いたので絵はすみれに任せることとなった。
ブロムが紙とペンを持って戻り、すみれの描いた絵を受け取ると、今度はギンコとアルニカが厨房を出て行った。
「準備しますんで、しばらく待ってもらえますか、そんなに時間はかからないと思います」
「今のうちにこっちでも支度をしましょう」
アネモネは三人にエプロンを渡した。
すみれと毅はエプロンを身につけた、新五郎もすみれと毅の手を借りて着るのだが不自然さは拭えない。
「こういうのも慣れだよな。ところで、道具が売り物の中にあるとは思えないが簡単に用意できるものなのか?」
毅がブロムに聞く。
「二人は錬金術が使えますからね」
「錬金術ってすごいんだな、そういえばマートルから今日の話は聞いたか?」
「ええ、エスコバリアの話なら聞いています」
「じゃあ、俺からは伝えなくてもいいか」
「毅殿、今日の話とは?」
「ああ、話が長くなるので夕食後に話すよ。すみれちゃんも聞いた方がいいから俺の部屋にでも来てくれるか?」
二人は頷いた。ブロムとアネモネから材料について説明を受けていると、ギンコ達が戻ってきた。
「本当にすぐなんだな」
「とりあえず用意しましたがこれでいいですかね」
すみれは頷いた。
「それじゃあ始めましょうか」
異世界でのマヨネーズ作りが始まった。
「材料は少ないのに、配合の違いで随分味が違うものなんですね」
出来上がったマヨネーズにブロムが感心している。
「俺もここまで意識して味わってきたわけじゃないからなあ、白身があるかないかでも違うな」
毅が答える。
「ここで食べるものについてはいいとして、売り物にするには残る材料を考えると白身も入れた方がいいですね。保存を考えると酢が多めのほうがいいかもしれませんね」
ギンコが言った。アネモネが指摘する。
「ところでこのマヨネーズどうしましょう。野菜にかけるだけじゃ、なくなりそうにないですよ」
テーブルの上には大量のマヨネーズが
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