第三章 帰りたくないふたり

久しぶりの休日に忍び寄る影

 数日後、エスコバリアから太守が去ってからは十日ほど経ち久しぶりの休日の昼下がり。毅と新五郎はすみれとアルニカを連れて街中の武具屋にいる。新五郎の槍斧そうふの作成依頼である。

「兄さん、もうあるんじゃないの?」

「毅殿の分を頼んでいるのだ」

「俺の?」

「ああ、トンファーの礼だ」

 以前毅が注文したトンファーは二組。あの事件以来、朝の鍛錬で二人はお互いの戦い方を教えあっていた。その一環でトンファーも使っていて、新五郎にとってそれはとても新鮮なものであった。使い方を教えてもらった礼に、槍や薙刀などの使い方を毅に教えたいということなのだ。

「嬉しいことは嬉しいんだが、戻ったところでそんな大きな刃物持ってたら捕まっちゃうんだよなあ……」

「未来では槍は法度はっとなのか?」

「……ああ。槍どころか刀も駄目だなあ」

「どうやって身を守るんだ?」

「大抵の奴は武器を持つ必要ないし、持っちゃいけないんだ。……俺は必要だからもっぱらこれで」

 そう言って毅は握りこぶしを二つ作った。

「だからか。殺し合いにならないならそこは良くなったのか」

「ところがそうもいかないんだよなあ」

 ため息交じりに毅は答える。

「……未来も大変なんだな」



 武具屋の用事を済ませて酒屋の前。以前と同じように新五郎は酒を買いに行っている。

「アルニカちゃん、寺院には寄っていくのかい?」

「ええ、せっかくなのでシナモン先生に会いに」

「じゃ、何か手土産でも買って行くか、おっと」

 毅が振り返ったところ、黒い服を着た女性とぶつかってしまった。商店で買ったと思われる布地を落としている。

「申し訳ない。大丈夫ですか」

 毅が拾った布地を渡しながら謝った。

「いえ、こちらこそちゃんと見ていなくて」

 女性はそう言って布地を受け取り、お辞儀してその場を去っていった。

「じゃ、行ってくるから、兄さんが出てきたらここで待つよう言っといてよ」

「はい」

 毅は酒屋から露店のほうに向かって行った。



「シナモン先生喜んでたね」

 寺院に立ち寄った帰り道。アルニカを挟んですみれと毅が、新五郎がその後ろを歩いている。

「そうだな。子供たちはあんまり果物食べてないのか?」

「それほど高いものでもないけど、お金がいっぱいあるわけじゃないから……」

「そうか。立派な建物だからお金持ちってわけじゃないんだな」

「シナモン先生もローレル先生もお金儲けには興味ないのよ」

「ローレル先生って?」

 すみれが聞く。

「男の先生で、僧侶をされてるの。シナモン先生はローレル先生のお手伝い」

「ああ、そういう事。二人とも立派なんだな」

「そうよ。二人ともロホセレウス自慢の先生よ」

 感心した毅にアルニカが誇らしげに応えた。

「それじゃあ時々差し入れ持ってくか。じゃ、また夕食のときに」

 四人は本店の中に入っていった。



 夕食の時間、毅たち三人がギンコの部屋に入るといつものギンコ、アルニカ、ブロムに加え、今晩はアネモネとマートルもいる。

「マートル、ここで会うのは珍しいな、一体どうしたんだ」

「話があるから今日はここで夕食だと聞いてきたんすよ」

「アネモネさんもかい?」

「ええ、明日の昼、私も馬車に乗るんだそうです。詳しくは夕食のときにと」

「なるほど」


 料理を作るアネモネが会議に参加しているせいか、普段の夕食にしては簡単な食事がテーブルに並んでいる。ギンコが早速話を切り出した。

「明日の午後ですが、エスコバリアには馬車を出しません。その代わりですが西方面の馬車はエピフィルムに直接向かいます」

「エピフィルム?」

「普段は途中で向こうから来た馬車と積み替えっすからね。西側には三つ町があってそのうちの川沿いの町すね」

 マートルが説明した。ブロムが補足する。

「いつもなら三つの支店からも馬車を出して分かれ道の所でそれぞれ積み替えて戻るのですが、明日はエピフィルムに用がありますので皆さんに来てもらったんです」

「俺と兄さんとマートルはわかるがアネモネさんはどうして?」

「いえ、すみれさんもです」

「すみれ殿も同行か」

「はい、マヨネーズの生産についてエピフィルムに用があるんです」

 マヨネーズ絡みかと毅が納得する間もなく、新五郎が突然スプーンを部屋の天井隅に投げつけた。

曲者くせもの!」

 投げられたスプーンは部屋の隅に当たると突如そこから人影が飛び出した。

「バレた!」

 人影は一言だけ発し部屋の窓から外に飛び出していった。

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