錬金術と魔術(前編)

 翌朝、毅の部屋。ノックの音がする。

「夜が明けたばかりじゃないか、兄さん、どうしたの?」

「すまない、毅殿、着付けを手伝ってもらえぬか」

「ああ、すっかり忘れてたよ、着替えたらそっちに行くから待ってて」

 隣の新五郎の部屋で洋服の着方を教え、ボタンのついたシャツとズボンを着せるとサイズはぴったりだったのだが、やはり首から下は洋装で、頭はまげというのはなんともちぐはぐで、おかしさを感じさせる。

「まあこればかりは慣れか、兄さん、顔洗いに行こう」

 毅は笑いをごまかしながら洗顔に誘った。


 屋外、日が昇った直後なので少し肌寒い。

 新五郎は小柄で髭を剃っている。刀を持って来たのはそのためか。

「昨日剃刀かみそり買えばよかったのに」

「いや、慣れたものの方が楽だからな、それよりこれからちょっと付き合ってもらえぬか」

 刀の素振りの真似をしながら新五郎は聞いた。

「いいけど俺、これだけだから役に立たないと思うぜ」

 ボクシングのファイティングポーズをして毅は答えた。


 本店の裏、日中は洗濯物を干している共有の空き地、二人の男が木刀を構えにらみ合っている。しかし、二人とも洋装で、一人は髷を結っているので出来の悪いコントにしか見えない。ただ二人の目は真剣である。

「どこからでも構わん」

 木刀を両手で握り、中段に、いわゆる正眼に構えて新五郎が言う。

「じゃあ行くぜ」

 毅が答える。


 何十回、いや百何十・二百何十と打ち合ったかわからないが、毅が仕掛けた攻撃はすべて捌かれてしまった。といっても新五郎は捌くだけで追撃するつもりは無く、毅の方も、どれくらいの速さと力で打っていいのかわからないため、どちらかというと二人ともお互いの力量をはかっていたという方が合っていた。

「兄さんやっぱり凄いな、一本は入れたかったなあ、あれ?ボタンは?」

 胸の位置を指さして毅が聞いた。上から三つシャツのボタンがなくなっていた。

「知らぬ間に外れたか。一緒に探してもらえるか」

「ああ」

 二人ともボタンを探している。

「動きがよかったが、本当に剣術をやってなかったのか?」

「素手で武器を捌く練習のために短い棒を使う程度だな、兄さんは刀以外では何をやっていたんだ?」

「弓、槍、薙刀、棒、柔術、相撲だな」

「そんなにやってたのか」

「俺の教わった師範の師範は分銅ふんどうや鎖鎌も達人だったと聞く」

「はぁー」

「おはようございます、お二人とも早いんですね、そこに屈みこんでどうしたんですか?」

 女性の従業員が声を掛ける。

「おはようアネモネさん、ボタンを落としたんだ、どこにあるかわかるかい?」

「ええ、ええっと、あ、そことそこじゃないですか」

 アネモネが指をさす。

「ありがとう、これで揃ったよ」

「お食事は部屋に運んでます、洗濯物は廊下に出しといてくださいね」

「かたじけない、失礼いたす」

 二人頭を下げそれぞれの自室に向かった。


 朝食を済ませギンコの部屋。新五郎と毅が呼び出された。

「お呼びしてすみません、午後に馬車の護衛をお願いできますか?」

「ああ、馬車は一台かい?」

「いえ、いまのところ三台の予定です」

「なにか注意することはあるか?」

「そうですね、昨日話したように、気を付けるのは相手が野獣だというのと出来るだけ相手にしないようやり過ごしてください」

「毛皮や肉とかはいらないのか?」

「傭兵の方々はそれを生業なりわいとしていますが、私たちは処理する時間が惜しいんです、より早く、より多くの荷を運ぶ方が儲かりますからね」

 ギンコはそう言って小さな鞄を毅に渡した。

「これは?」

「動物除けといくつかの薬品です、野獣が出たら近くにぶつけてください。馬も嫌がりますので出来るだけ離してやってください――」

 ギンコが説明していると部屋の横にある見慣れない道具が突然動き出した。四角い箱の上にペンのようなものが動いていて、ひとりでに文字を書いている。

「何だあれは?」

 毅は思わず声を上げた。新五郎は目を丸くして口を開いたままである。やはりこの世界は尋常じんじょうではない。もう地球がとかいう話ではなく、もはや異世界だ。

「支店からの連絡に使っているものです、こちらからも送ることができます」

「どういう仕組みになっているんだ?」

「詳しいことは秘密なので言えませんが、錬金術と魔術を組み合わせています、これのおかげでうちの商会が大きくなったと言っていいでしょう」

「いや……すごいな……」

 毅は返事はしたものの全くちんぷんかんぷんである。新五郎はまだ口を開けたままである。謎の道具から紙を取ってギンコが言う。

「…………ふむ……。すみません、馬車が四台になりますが大丈夫でしょうか」

「……ああ、大丈夫……」

 面食らったまま毅は答え、二人は部屋を出た。

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