錬金術と魔術(後編)
毅たち三人がギンコと出会った道。四台続いた馬車の先頭で、毅が御者のマートルと軽食を口にしながら話をしている。
「なあマートル、あれ凄いな、あれ」
「毅さん、あれじゃわかんねえすよ」
「ギンコの部屋の字を書くやつだよ」
毅が午前中それを部屋で見た驚きは午後の今でも尾を引いて、
「初めて見たときは確かに驚きましたねえ、おかげで余計なものを運ばなくていいすよ」
「ああいうのはみんな作れるもんなのか?」
「会頭の家系は錬金術と魔術ができますからね、多分会頭だけじゃないすか?」
「他の人らは出来ないのか?」
「錬金術の出来る奴らは引く手あまたで、錬金術だけで十分食いっぱぐれないすからねえ。いてもおかしくないとは思いますが」
「どんなことをやってるんだ?」
「薬や道具、その材料作り、町の
「じゃあこの薬はギンコが作ったのか?」
鞄を指して毅が聞いた。
「いや、アルニカが勉強がてら作ってるんじゃないすか」
「アルニカちゃんもすげえんだな。じゃあ、魔術ってのはどうなんだ?」
「魔術はいろんなことが出来ますね、得意な奴らはそんなに多くないですが医者や学者、魔術を活かした傭兵、
「いろんなことってのは、例えばどんなことだ?」
「そうっすね。火を
「医者は魔術で治したりはしないのか?」
「さあ、魔術は調べるだけで、そのあと薬を使ったり患者を休ませてるくらいで、魔術そのもので治すのは聞いたことがないっすねえ」
感嘆して毅が聞く。
「すげえな、マートルは使えるのか?」
「ええ、俺は種火を
「それでもすげえよ、俺たち要らないんじゃないか」
「さあ、ただ四台も使って物を運ぶのは初めてなんで、会頭はやっぱりあてにしているんじゃないすかね?」
「話は戻るが、錬金術というのも魔術というのも使える奴がいるならあれを作れるのは他にもいるんじゃないのか?」
「さっきも言ったように、錬金術はそれが使えるだけで十分なんすよ。会頭の口癖ですが『うちの家系は三流の錬金術、三流の魔術、三流の商才だからかえってうまくいった』ってね」
「あの薬や道具を作れるなら三流じゃないと思うがなあ」
「ま、その辺は
「ほんと、すげえなあ。ちょっと後ろで話してくる。前も見張ってるし、何かあったらすぐ戻るから、そのまま馬車を進ませてくれよ」
そう言って毅は馬車を飛び移りながら、最後尾の新五郎のいる馬車まで飛んでいった。
「……あんたも十分すげえっすよ」
マートルがぼそっとつぶやいた。
休憩を含めて行きに約三時間、特に何事もなく支店に到着し、積み下ろしを済ませる。支店でも迷い人の件を聞いてみたが、全く知らないとのことだった。暇があれば文献などをあたって貰えるとのことなので二人は礼を言って支店を後にすることにした。
帰り道、まだ日は落ちていないが、町に戻るころには夜になるだろうか。行きと同じ順番で支店から馬車が戻る。
「結局何も出なかったし何も出そうにないな」
「四台もあると野獣もびびっちまうんすかね」
「今までは何台で運んでたんだ?」
「いつもは二台っすね、時々一台でってところで」
「運ぶのはさっきのところだけか」
「いえ、ロホセレウスは四つの国に囲まれた町で本店以外に四つそれぞれの国にあるんすよ、うちは本店を中心にそれぞれの店に仕入れたり運んだりしてますね」
「なるほど、それで、あれが役に立っていると――おい、あそこに人がいるぞ」
マートルは立ち上がって後ろの馬車に向かい、手を二回降って馬車の速度を落とした。
「エスコバリア兵のようっすね」
エスコバリアとは先ほど荷を積み下ろした支店のある町の名である。
金属製ではあるが軽装の防具で短槍を持った兵士が三人マートルの馬車に近づき、うち一人が大きな声で問うた。
「シダーの所だな、悪いが怪しい子連れの女を見てないか?」
「見てないすね、何やったんですか?」
「太守の命で連れてくるよう言われて、呼び止めようとしたんだが。どういうわけか三人とも動けなくなって、その間に外に逃げ出されてな」
「魔術ですか」
「あの感じは魔術じゃないとは思うのだがな」
「乗り合い馬車にはいなかったんですかね?」
「いなかったな、
「商会にも伝えときますが、何か特徴は?」
「女はどこかの侍女みたいな黒と白の服で白い髪飾りをしていて、子供は男で上下とも丈の短い変わった服だったな、とにかく何かわかったら教えてくれ。止めて悪かったな、行っていいぞ」
「ええ、それでは」
毅とマートルは軽く頭を下げ、馬車を動かした。
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