第8話 赤広未那は復活した
「……というわけで、修行を再開します」
「かつてない低いテンション」
「せやな」
例によって赤広未那、若槻莉愛、美山涼香の順番だが、内二人のテンションは低い。
残り一名も微妙に下がっているが。
下がっているというよりしらっとしている。
「前回、というかさっき途中まで言っていたように、魔法は危険だけど他人にかける分にはそれほど怯える必要はないという話でした」
「あんなことになったのにちゃんと話は覚えているって、すごいねー」
「せやな」
「その理由が、キミたちも一応把握しているだろう、抵抗値という概念です」
「みーなーレベルの魔法使いなら、それも無視できるんでしょー?」
「せやな」
「無視できません。これはどんなに高レベルの魔法使いでも、それこそお兄ちゃんでも……ぅなぁぁぁ……」
「またかー」
「せやな」
顔を両手で覆って蹲ってしまった未那に、莉愛は深々と溜息を吐く。
「もういい加減にしてー? スズちゃんもずっと壊れたままだしー」
「せやろか?」
「うん。ふつーに壊れてるから」
どうやら「せや」の使い回ししかできていないことを涼香は自覚できていないほど壊れているらしい。
「しょうじきー、ここまでってのは理解できないんだけどー……。二人ともね?」
どこか拗ねたように莉愛は首を傾げる。
二人にしか共有できないことがそこにあることを嗅ぎ取ったが故だ。
仲間外れが面白いはずもない。
「それはね、リアがお兄ちゃんを知らないからだよ」
「あ、復活した」
莉愛は未那が「お兄ちゃん」を言葉に出してもアレにならないことに驚いた。
「うん。リアのおかげで目的を思い出したからね」
「あ、目がアレだ」
復活したのではなくて別のスイッチが入っただけだった。
「目的っていうのは言わずもがなだけど、人間って自分にできないことを正しく評価できないからね。結果だけを見てすごいとか普通だとかダメだとか、そういう感想を持つだけ。それは評価じゃないの。ひろゆき構文が適用されるの。
もちろん正しい評価が必ずしも必要ではないよ? むしろ正しい評価だけでは社会が回らないから不要なまであるよ? 正しい評価を通用させるには正しい評価ができる人がせめて過半数を占めないといけないからね。
でも、正しい評価ができない連中に批判されるのは間違ってる。それはわたしの感想でしかないけど、直観と感想でしか物を言わない、考えない連中に、それが感想の感想でしかないと思い知らせてやりたいってのは間違ってる?」
「ち、違う意味で怖くなったぁ~」
「お、そうだな」
呼応するように涼香が復活(復活?)する。
「というわけで解説を再開するよ! 抵抗値の話! この忌々しい縛りがあるから全人類を魔法で洗脳することができないっ!」
「できたらやったって確信できるところがすごくてすごく怖い」
「通報しました」
「いやでも、絶対考えるよ、これ。わたしじゃなくてもね。その目的はもちろん千差万別だろうけど、特に為政者なら絶対に考える」
「みーなーを政治家にしちゃいけないって思いました」
「出番だな、メロス」
「それができないっていう話をしているのになぜわたしが政治家になっちゃいけないのかわからないしなりたくもないけど。
とにかく、魔法抵抗値っていうのは高レベルの魔法使いでも無視できません。というか生物に直接干渉するタイプの魔法は全般的に難しいのがこの抵抗値のせいです。比べると放出型の攻撃魔法とかものすっごく簡単。術式さえ覚えてしまえば生きてれば誰でもできるし、基本的に単発だから処理能力が殆ど必要ないし」
「あ、それはちょっと聞いたことがあるかも~」
「しったか乙」
「し、しったかじゃないもん。お医者さんが偉いところはそれだってちゃんと聞いたことあるもん」
焦ったように言い募る莉愛に、未那は「そうだね」と頷いてみせる。
「一般的に
「な、なんかさらっと聞いちゃいけないこと言わなかった? みーなー」
「周知事項」
「スズの言う通り、ちょっと調べればすぐにわかることだね。それに医学技術の発展にもなるし、ただ攻撃魔法を修めただけの魔法使いより高位の魔法使いが増えるわけで、これ自体は何も問題ないと思うよ。多額の献金を懐に収めて税金でこの制度を賄う政治屋どもはどうかと思うし、魔法の法規制の明文化の足掛かりにしようとしている主義者の回し者もウザいけど。もしくは官僚かな? まあそこは詳しくないからなんとも言えないけど」
「なんかー、意外かなーって」
「おまわりさん、あっちです」
「意外って?」
「みーなーってそういうの嫌いなのかなーって思ってたっていうか? なんか物言いがドライじゃない?」
「お前はまだ赤広未那を知らない」
「うーん。ドライというか……別に腹立たないわけじゃないんだけど、ああいうのって無くせないのは『そういうことでもしないと立場を保てないし法案を通せない』っていう構造上の問題だからかな。対案ないのにあれこれ言うのって趣味じゃないし。
もしくは……いつでも政敵を潰せるスキャンダルを用意させるように誘導している黒幕的なのも確実にいるだろうし、なんというかいっそ哀れになってるのかもしんないかな? どの角度から見ても道化なのに本人だけが気付いていないみたいな? 自覚的な道化は偉いのもいるけど無自覚な道化は嗤えもしないっていうか?
目障りだし害悪だから消えてほしいとは思うけど、そもそも関わりたくないし思考を僅かにも割きたくないって感じ」
「あー……」
「嫌いの行きつくところの一つは無関心」
未那のセリフを引用する涼香に、莉愛はもう一度「あー」と納得の声を上げる。
「まあ要するに、明確に治療っていう目的があっても抵抗値は働いてしまうんだけど、コンセンサスがあればそれを一応突破できるってことね。医者っていう肩書は治療系の知識を保証するからコンセンサスを得やすい。そしてコンセンサスを得ていない……患者側が望まない結果を生む術式は弾かれるから、誤作動の心配も少ない」
「あれ……? でもみーなー、最初にあたしたちの抵抗値を鍛える、みたいなこと言ってなかった?」
「抵抗値透過バグ」
「コンセンサスがあれば通るってことは、逆に言えば意識によって抵抗値は変動するってこと。無警戒の――警戒の仕方を知らない、魔法を碌に使えず知らない相手の抵抗値を抜くことくらいは高位魔法使いであれば、使う魔法によってはできなくはないってコトだよ」
「……。できるんじゃない、洗脳……」
「運営仕事しろ」
「ところがどんなものにも例外っていうのがあってね。お兄ちゃんもそうらしいんだけど、コンセンサスとか警戒に関係なく、自分に直接干渉する系の魔法を全部弾いちゃう人がいるんだよ。どうも生まれつきで。
ちなみに原因はお兄ちゃんでさえ解明できていません。
自己催眠とか変性意識とかで無理やり受け入れ態勢を取ることで効くようにできるっていうから、一応根本のところは同じ仕組みなんだろうけど、なんでそんなに生得的に個体差があるのかはわかっていないってコトだね」
「ああ~。だから、全人類」
「こんにちはディストピア」
(続く)
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