世界を救うため、お兄ちゃんを配信者にします!(※この妹は人類が滅ぶ分には構わないとか思っています)
葛哲矢
暴虐ブラコンがアップを始めてしまいました
第1話 赤広未那は激怒した
わたしのお兄ちゃんは最強である。
経歴と功績を知れば多分誰でも(逆張り君除く)異論は挟まないと思う。本人以外は。
理屈っぽいお兄ちゃんなので「そもそも最強って何を以って定義するんだ?」から始まり延々と理屈をこねた挙句に「従ってオレは最強ではない」と結論するのが目に見える。
同時に理屈に弱いお兄ちゃんなので、きちんとした根拠で一つ一つを論破したら表向き素直に認めることだろうが「なるほど、その観点に於いては、オレは最強かもしれない」と実は何一つとして肯定していない返事がくることも目に見える。
一応弁護しておくと、お兄ちゃんが理屈っぽいのには理由がある。
わたしたちの年齢からすると大分昔なのだけど、お兄ちゃんは全般性健忘症、いわゆる記憶喪失になったことがある。
一過性のものではなくて、未だに当時より前のことは思い出せないらしい。
記憶喪失といってもいわゆる意味記憶なんかは覚えていて、当時他のことは何も思い出せないお兄ちゃんにとって、覚えていた知識はすべての拠り所だったという。
その時の経験がお兄ちゃんの知識収集を貪欲にさせ、知識を効率よく吸収するために論理性が育まれ、実践経験の少なさが理屈偏重を助長してしまったのだろうと、お兄ちゃん自身が言っていた。
そんなお兄ちゃんの影響を多大に受けて育ったわたしも大概だと自覚はしているけど、思わず「そういうとこだよ」と言ってしまったことは割と記憶に新しい。
お兄ちゃんには通じていなかったのが良かったのか悪かったのか。
軽々しく簡単にネタ言語を吸収するくせに、素直に吸収しすぎて諧謔や皮肉を解さないのがウチのお兄ちゃんなのだ。
なので割と誤用する。
わたしもお兄ちゃん伝てで覚えたネタ構文を結構間違えていることに後で気付いたりするし。
そんなだから、人望がないのだ。
いや、人望がないというとちょっと違うか。
お兄ちゃんは年上になんだかんだ受けがいい。
年下にも、悪くない。わたし含めるといいと言っていいかな? 面倒見のよさは間違いないし。
けれどそれはちゃんとした付き合いのある相手に限る。
ちゃんとした付き合いがないと正直、妹のわたしでも庇えないくらい煽っているようにしか見えないことがある。「あれ? オレ何かやっちゃいました?」系の悪い方である。ネタだからやっても許されるんだよ、それ。
そんなお兄ちゃんの目下の悩みは、若い討伐者が増えないことだ。
魔物を討伐しないと世界崩壊が進む。
何を隠そう、それを証明するための魔法理論を構築したのがお兄ちゃんだ。
報告と検証と承認と周知はさすがにお兄ちゃんは関わっていないようだけど、ちょっと前に問い詰めたらあっさり認められてしまった。
「子供のオレじゃそこまでできなかったから、助かったよ、ホント」
と心底からそう思っている様子で。
功績を奪われたなんて一欠けらも思っていない様子で。
……まあ、わかる。
この兄にしてこの妹ありと言われるわたしだ。
我ながら色濃くお兄ちゃんの影響を受けているわたしに理解できない理屈ではない。
発表当時のお兄ちゃんは14歳。
「間に合った……」とお兄ちゃんが心底から安堵していた様子を覚えている。
検証やらなにやらで時間がかかっただろうから、魔法理論構築は遅く見積もっても13歳以下の時だ。
いくらなんでも世界規模の案件の当事者にするには若すぎる。
そしてこれの周知は早ければ早いほどいいというか、遅れれば遅れるほど手遅れになるのだから、お兄ちゃんの功績として手回しするような余計な手間をかけてなんかいられない。
若輩の唱える理論に対する信憑性の問題も無視できない。
理論を理解できない人間にとって誰が言ったかというのは極めて重要な判断基準だ。
関係者全員に悪意がなかったとしても、あったとしても、結論と結果は同じだっただろう。ましてやお兄ちゃんは絶対にその辺り拘らないから。
結果が得られればそれでいい。
お兄ちゃんのすべてにおけるスタンスがそれだ。
身内としては歯がゆいけど、そこに口出しする気はない。
自尊心過剰自信過剰承認欲求丸出しで俺様態度のお兄ちゃんとか想像したくもないし、それでいいという気持ちはある。
けれど、けれども。
魔物のキルスコアが全世界でぶっちぎりのトップで
りくつは、理屈は、わかるけれども、納得なんてできるわけがない。
閑話休題。
若い討伐者が増えないのにはいくつか理由があるけれど、まず大きいものとして、それが『憧れの職業』ではないからだ。お兄ちゃんの扱いの軽さを鑑みれば明らかなことである。
世界崩壊を食い止めるという偉大な事業にも関わらず、そこに名誉が伴わないのだから不思議な現象と思われる向きもあるだろう。実際字面だけを追っているとわたしもわからない。人類がどうしてそこまで愚かなのかわからない。群集心理の理屈はわかってもわからない。わかりたくない。
……とにかく、二つ目。
魔物を倒しても特に見返りがないこと、これも大きい。
即物的なメリットは本当にないのだ、困ったことに。
詳しくないけどゲームみたいに魔物を倒したからといってレベルアップしたり、素材が取れてそれが加工できたり換金できたりといったこともない。
例の魔法理論によって証明されて初めて『崩壊進行率の低下』というメリットが明らかになったくらいで、それさえも崩壊を自分事として捉えられない人々にとってはメリットではない。
そして魔物が発生するようになって7年目――ダンジョンが発生して12年目の現在、自分事と捉えられない率はすでに3分の1に達しようとしている(崩壊対策局調べ)。
これは全世界での話であって、いわゆる先進国とされる国々だけにするともっと下がるものの、だからこそこの国では当事者意識が薄い。
それだけ危機を身近に感じたことがないということだから。
そして三つ目、四つ目と続けることはできるけれど、ひとまずはここまでで。
ここまでで大体、わたしがやるべきことが見えてきている。
ここまでを簡単にまとめると、
『金も名誉も力も手に入らないのにわざわざ危険なことする奴いるわけねーだろ。』
なんだろう。
我が事ながらお兄ちゃんの影響を受けすぎているとまざまざと自覚せざるを得ない。あまりにも簡潔にできすぎて引いた。
そして簡潔にするとつくづく思うが全くその通りだ。世界崩壊とかあまりにも遠大な話と比べて卑近すぎるが圧倒的な説得力である。そんな奴いるわけない。
世界崩壊はわたしですらそこまで強い現実感を伴っていないのだから、一般人にそれを求めるのは酷だとよくわかる。
そして現実に、崩壊に歯止めをかけることしかできていないのだから、現実逃避したくなるのもよくわかる。
そして現実逃避してくれなければ暴動どころか紛争が起きているからあえてこの状況を放置しているのだと気づいてしまった。あるいは――誘導しているのかも。
けれど、けれども。
わたしが思いついた案ならば、わたしの個人的な目的を含めて達成できる。
この状況を覆すことができる。
そう、即ち、
お兄ちゃんを配信者にすれば。
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