第2話 赤広未那は発足(捕捉)した

「そういうわけなんで顧問になってくれませんか」

「どういうわけだかなんもわからんからもう少し簡潔にまとめてついでに部員の頭数を揃えてから別の先生にかけあってくれるか」


「何がわからなかったのか簡潔にまとめて教えてくれませんか」

「仮にわかったところで顧問はお断りしているんだ、わかれ」


「なんたる理不尽。簡潔にするところ間違っていますよ先生」

「断るのはまっとうな権利だ。そして私は断る前にアドバイスを送るという優しさを示した。長々と理念を聞かされてこれ以上はサービス残業にも程がある。あと髪を見ながら言うな」


 にべもなく『動画配信による社会情勢への影響力の研究会(仮)』の顧問を断られて、赤広未那は職員室を後にする。


「ダメだったよ。ネタ構文にも付き合ってもらえなかったし」

「そっか~。ざぁんね~ん」

「残当」


 教室にて、研究会に誘った友人たちに結果を報告する。

 返事(返事?)の順番は若槻莉愛、美谷涼香で、莉愛が発言するときは大体この二人の発言の順番はこうである。


「やっぱり部名が長すぎたのが敗因かな。簡潔にしろって言われたし」

「今の流行りは~わかりやすさっ、だもんね~」

「それ以前」


「でも動画研究会だと誤解を招きそうじゃない?」

「校内でー、動画見るばっかりでー、遊んでばっかり~、みたいな?」

「それはそう」


「まあ今思うと『動画配信による社会情勢への影響力の研究会(仮)かっこかり』も、何かを誤魔化そうとしている感があるかな」

「長いよね~」

「スレチ」


「まあこうなったら、実際に動画を作って先生にもう一度プレゼンするしかないかな」

「がんばってね~」

「だからそれスレチ」


「スレチって、言われても」


 別に未那は涼香のツッコミ(ツッコミ?)を無視していたわけではなくて、莉愛とどちらに言っているかわからなかっただけだ。


「ここは掲示板じゃないよ」


「察して……と言いたいけども、まあ要するに論点違うって言いたいの」


 片言染みた端的発言から一転、涼香は気だるげながらもスラスラと語り始める。


「まず、西倉先生が顧問を引き受けなかったのは部活の理念や名前は関係ない。これはあんたもホントはわかってるでしょ。というかあえてそういうツッコミどころを用意して『この問題点を解決したら引き受ける』っていう言質を取ろうとか目論んでたね?」


「失敗したけどね、初手から」


 特に狼狽えるでもなく未那は肯定した。

 正直自分でも無理筋だとは思っていたのだ。


「そもそもなんで部活にしようって?」

「なんでって」

「別にあんたなら学業の傍らおにーさんの動画撮って編集してUPうぷくらい余裕でしょ」

「余裕ではないよ」

「部活にしたら余裕になんの?」

「ならない……誘導すんなし」

「ウチらには話せないってこと?」


 ぐいぐいと詰められる。いや別に話してもいいのだけど、なんか悔しい。


「話題性~、でしょ?」

「それは一つ」


 多分もう癖になってしまっているのだろう。詰めを中断して莉愛の発言に短文で応じる涼香だ。

 オペラント条件付けだ、と自らの気付きで感心する未那を、ちょっと頬を赤らめて涼香はねめつける。


「女子高生が部活で作った動画っていう話題性がほしいわけだ。まあそんなキャッチコピー巷に溢れてはいるけど、だからこそ真贋を保証する要素は強い。なんでか知らないけど、人って『本物』が好きだから。でもこれだけではまだ甘いよね? 何を目論んでいるのかゲロってもらおうか」

「げろーげろー」

「違うそうじゃない」


 仲いいなぁこの二人。


 多分カエルの真似のつもりなのにウサギ耳を手で模してぴょんぴょんするのを表現する莉愛に思わず突っ込む涼香を見ていて、未那は縁側でお茶を啜りたくなった。学校だけど。


 茶番、ということである。


「まあ隠すほどのことじゃないんだけど、つまりはすぐにお兄ちゃん配信しても受けなんて取れないから、まずはチャンネルの実績を作らないとって話」


 お茶がないので茶番を流しつつ。


「それ天丼」


「そこの腹黒天然withスズで」

「……おなか黒くないもん」

「付属品」


「褒めてるよ?」

「どこが~?」

「絶許」


「いや、こんだけ普段からキャラ作っててバレバレなのにそれを貫き通すってすごいよ。本気で尊敬してる。そして配信向きだと思うんだ。っていうかリアはわたしから言い出すの待ってたでしょ。この話が出てから天然じゃない方漏れてたよ。リアってオーディションで『友達が勝手に写真送っちゃって~』とか言うタイプだし。そしてそれを助けようとしてキャラ崩してまでわたしに言わせようとしたスズも、実は期待してたでしょ?」


「あたしたちの友情はこれまでだ」

「赤広未那先生の次回策にご期待ください」


「うん、息ぴったりだし、イケるイケる。リアル志向って実際のところ求めているのは虚構の中のリアリティだからちょっとくらいはヤラセ感があったほうが受けるよきっと」


「……ていうか~、みーなーは出ないのー?」

「なぜ全方位にケンカ売るのかコレガワカラナイ」


 涼香はもはや短文を諦めてしまったようだ。いや、ネタらしいのだが未那にはわからない。


「カメラマンが必要だし、わたしは妹だし」

「意味不明~」

「イミフ」


「いや、妹のわたしが出てたらお兄ちゃんを出すときにヤラセ感がすごいでしょ?」

「イミフ~」

「……いやちょっと待って。すごく嫌な予感がするんだけど、あんたウチらに何させようとしてる?」


 もはや短文は投げ捨てて涼香が詰め寄ってくる。


「何って、魔物討伐配信だけど?」

「ありえな~い」

「なぜそれで部活にできると思ったのか」


 若者の討伐者を増やそうという試みなのだ。生贄とはいえ広告塔でそれをしない理由がない。


「いいじゃん、どうせ死なないんだし」

「ありえな~い」

「ツッコミ処多すぎて草枯れる」


 そう、大体は死なない。失うものはあるけれど。


「というか一度だって死なせないし。キミたちにはピンチのところを颯爽と駆け付けたお兄ちゃんに救われる生贄ヒロイン役になってもらわないといけないんだし」


「え、ていうかちょっと待ってあたしこの人に腹黒って言われたの?」

「正気に返るな、いやいっそ狂気か? というか正気か?」


「ここまで言った以上は逃がさないから。覚悟してね?」

「お腹まっくろ」

「ニーチェ」


 莉愛は口を開けっ放しで呆然とし、涼香は頭を抱えて「言わせなきゃよかった」と嘆いた。


 どっちみち逃げられないのに。

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