第5話 続・赤広未那は修行した(させた)

「というわけで今回こそ修行するよっ!」

「その入り方毎回するのー?」

「ツッコミしてはいけない24時間開始」


 例によって赤広未那、若槻莉愛、美谷涼香の順番だ。

 涼香は元より莉愛も未那に慣れてきた感がある。


「とは言ったけど、今日はその前に少し相談があって」

「昨日の今日だからみーなーのテンション乱高下が怖いんだけど」

「安心しろ、致命傷だ」


 訂正。慣れではなく理解からの警戒だった。


「うん。スズちゃんがそういぅ……?」

「宇宙猫カットイン」


「え、ぇ? 何それどういう? というか猫? 宇宙? なんで?」

「ネタを知らない人からしか摂取できない栄養素がある」


「相談っていうのは、やっぱり動画配信に詳しい人が欲しいなってことなんだけど」

「あたしたちのやりとり完全無視」

「これは、暴虐ブラコン」


「わたしってほら、友達少ないじゃない?」

「少ないって……少しでもいるの?」

「素で!?」


 珍しく涼香が声を張り上げた。


「ほら、腹黒」

「みーなーに言われたくない」

「もちつけ二人とも」


「スズちゃんふざけないで」

「……」


 その声音が思いの外真剣だったせいか、涼香は珍しく口を噤む。

 けれどその表情は、決して気圧されたというものではない。


「ウチはミナの友達だよ。確かに少ないけど、いる。あんたは違ったみたいだけど」


 静かな調子で、微笑みさえ浮かべて涼香は言った。

 その言葉に、なぜか未那までショックを受けたような顔をした。


「……かえる」


 何かを言おうとして、口を閉じ、また何かを言おうとして、諦めた莉愛はそれだけを言って修行場を立ち去った。

 それをただ見送った後、未那は涼香に問いかける。


「スズ……なんで?」


 嬉しいとか悲しいとか、そういう感情は未那の表情に浮かんでいない。

 ただ困惑だけがあった。あるいは裏切られたという猜疑心があった。


「なんでも何も、あのままケンカしたほうがよかった?」


 あっさり肯定されて、涼香は苦笑を顔に浮かべる。


「あんなに、それかー」

「あの程度で怖がられても困る。せっかく逃げ出さない程度の防御反応を引き出して、恐れを転換させたわたしへの怒りで乗り越えさせる絶好のタイミングが来たのに……どういうつもり?」


 圧が、名状しがたい圧が涼香を苛む。

 涼香の額に隠し切れない脂汗が滲む。

 けれど涼香は、へらっと笑って見せた。


「ウチがあんたの友達だから。悪く言われそうなのを黙ってみてられなかった。それだけだよ」

「……そ」


 圧は消えた。

 無表情だった未那の顔に、少しだけ人間味が戻る。


 涼香はポケットからスマホを取り出し、崩壊対策局の公式ページを開き、崩壊進行率レベルを確認する。

 いつもどおりだ。いつもどおり、進行は止まっていない。けれどグラフの傾きは誤差レベルでしか変動していない。いつもどおり、完全崩壊はまだまだ先だ。

 それでも、未那はこうなっている。


「そんなにマズいん?」

「たぶん。お兄ちゃん、帰ってこないし」

「それでかー」


「む。言っておくけど、お兄ちゃんに会えてないからってだけじゃないし」

「完全に否定はしないところがミナだよねぇ」

「隠すことじゃないし?」

「まあね。もっと他に隠すべきことが多いからね」


「取り繕うの、うまくなったと思うけど」

「そうだね。取り繕う以前にじゃないかって、ウチは疑ってるけど」

「そんなわけないし。相変わらず嫌いだよ。反吐が出る」

「ならよかった」


「変なスズ」


 修業場の隅、ウォーターサーバーから水を汲み、二人並んでベンチに腰掛ける。


「タイミングとしては絶好だった。でも、スズはまだ早いって思った?」

「ウチはあんたみたいに頭の回転、早くないから。そこまで考えてなかったよ。そもそもあんたがそういうことを目論んでいたってのも、初耳だったし。一般女子に戦う覚悟をどうやってつけさせようっていうのか疑問には思っていたけど」


「やり方が拙いってことかな」

「まあねぇ。それでうまくいくかってよりも、友達が友達を化け物呼ばわりするの、聞きたくないし、言わせたくない」


「自分は暴虐ブラコンとか言うくせに? ドラゴンのもじりでしょ? 化け物代表格じゃないのさ」


「ウチはいいの。だって愛があるから」

「えぇ……お友達でお願いします」


 しばらくの沈黙の後、二人はケラケラと笑った。


「ミナが、あのミナがっ! たとえ冗談でも『お友達でお願い』とか!」

「笑うとこそこっ⁉」


「デレ期だな。間違いない」

「うっわ腹立つ」


「その調子でリアにもデレる予定は?」

「デレも何も、その機会もなくなったでしょうが。スズのせいで」


「そこは正直すまんかった。事前に言っててくれればウチのほうでももう少しやりようがあったかもとは思う。てか、その気があったんだねぇ」

「デレる予定はなかったし今もないし」

「うんにゃ。そういうこととちごて、育てるだけ育てて後は放り出すのかと思ってたってこと」


「そんな非効率なことするわけないし。別にお兄ちゃんの生贄にしたからってその時までに付いたファンが消えるわけじゃないんだし、広告塔として長く息を保てるようにするつもりだったよ、元々」


「……その、なんでそんなこともわからないのって顔、おにーさんの妹だよねぇ」

「お兄ちゃんはもっと天然だから。わたしよりは嫌味がないから」

「嫌味って自覚あったんかい」

「お兄ちゃんは自覚もないよ。もっとヒドいのに」

「どっちのがタチ悪いのかもうわっかんないなこれ」


「自覚がないほうが始末が悪いって意味ではお兄ちゃん」

「自覚があっても直す気がなければやはりどっちもどっちでは?」

「同じなら別にどっちでもいいよ」


「てか、ミナっておにーさんのこと好きなくせして結構ディスるじゃん?」

「当たり前。好きってのは全肯定するってことじゃないし。何があっても世界がどうなろうとたとえ全てが敵に回ってもわたしはお兄ちゃんの味方だけど、それはお兄ちゃんのこと全部を肯定するってことじゃないし、むしろ直してほしいことは大いにあるし」

「おう……いきなり語るじゃん」


「スズだって、さっきのはそういうことでしょ?」

「ウチ何か言っちゃいました?」


「好きの反対は無関心ではないけど、嫌いの行き着くところの一つは無関心。積極的無視からの無感動。嫌いが裏返って好きになることはあっても、無関心が裏返って好きになることはない。なぜなら裏返るべき感情がないから」


「おう……むっちゃ語るじゃん」

「そういった観点では、リアのことは正直、無関心に近いかな。スズには悪いけど」

「なんでウチに悪いって?」


「だって、わたしにこうやって話させているの、リアに聞かせるためでしょ?」

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