第4話 赤広未那は編集した
モニター画面の光だけが明かりの部屋で、赤広未那はゆったりとしたリクライニングチェアに座っている。
その顔には一切の表情が浮かんでおらず、たまに瞬きがあるだけで、それがなければビスクドール染みて美しく、いっそ不気味である。
小学校以来の友人である美谷涼香であれば、未那が何をしているのかを察して敢えて何も言わずにいただろうが、高校で初めて交流を持つようになった若槻莉愛であれば率直に「こわっ」と漏らしたかもしれない。
尤も、未那が誰かにこの光景を見せることは今後もないだろうが。
どれくらいの時間が流れただろうか。
マウスは疎かキーボードにすら触れていないのに様々な画面に切り替わって文字やらコードやらが動いていたモニター画面が静止する。
「ふぅ……変換入力終わり、っと」
行っていたことは、言葉にすれば簡単だ。
魔法初心者講座の導入として魔法で撮影していた動画をパソコンのフォーマットに変更して入力していたのだ。
ついでに編集もしている。
電子情報として弄っているわけではないから編集内容を看破されるおそれは小さい。
涼香や莉愛のリアクションを撮るのが目的だった。あと、途中から構えないことで撮影されていることを意識させないようにするためでもあった。
どう足掻いても素人なのだ。できる限り自然体がいいだろうと判断した。まあ、彼女たちは普段からキャラを被っているが、そんなの誰だって程度の差があれそんなものであり、そこに隙を作って見せれば魅力が生まれるだろう。多分。
「さすがに……キツい、かな……」
撮影し、変換して入力(というより移し替え)したこと自体は大した負荷ではない。そういう魔法なのだから、それ単体であれば未那にとっては容易い部類に入る。何しろ魔法は、そのファンタジーな語感に反して、機械や機械的動作と相性がいい。
そこら辺の詳しいことに関しては兄に仕込まれているが、できるだけ嚙み砕いてそのうち動画のどこかで説明しないといけないと未那は思案した。
キツいのは、五感強化、身体強化、身体制御、音声だけを任意の方向に飛ばす、などの魔法を撮影魔法と同時に行使したことのツケだ。
単純に、処理能力が圧迫されてキツい。
誤魔化せたとは思うけど、今回の導入を早めに切り上げたのはこれが理由だったりする。
「お兄ちゃんみたいに仮想演算回路を使えればいいんだけどな」
溜息を吐きながらリクライニングの傾きを増やし、魔法で一瞬で冷やした保冷剤を薄い布に巻いて目を覆う。
仮想演算回路は兄が最強であることの理由の一つだ。未那も教えてもらってはいるのだけど、どうしても再現できない。劣化版なら使えるけれど、それを使うくらいなら魔法使用を細かくフレームに分けてプログラムを作り、連続行使で『魔法の同時使用』に見せかけた方が効率がいいという程度の代物だ。
育ててはいるのでいずれは十全に機能するようになるだろうが、今は使えないので騙し騙しでやっていくしかない。
こうやって自分の至らなさを痛感するたびに、兄の凄まじさと、そして彼の焦りの由来を実感する。
全体のレベルなど推して知るべし。
早いうちから育ってもらわないと将来的にも使えたものではない。
「お兄ちゃんが言うには、わたしたちとは別方向で発達した魔法使いが若い世代には必ずいるって話だけど……」
その根拠は知らない。けれど兄がいると言っているのだからいるのだ。
そうした存在を釣り上げるのも目的の一つだ。
「さて、焼け石に水かもしれないけどわたしはわたしでできることをしないとね」
とりあえず初心者講座を完成させて、チャンネルにデビューするところまでやってから次の方針を考えよう。
まずはどの程度の反響があるかを見てみないことには改善の方針も立てられない。
未那ははっきり言って大衆が嫌いだ。
その理由も推して知るべし。
そんな大衆を動かす方法を考えるのは実際、それだけで結構なストレスだ。
できるだけ段階的にすることで少しでもストレスを軽減しようという、ある種の防御反応であった。
「とはいえ生配信でデビューするのがいいのかな……それとも生配信は魔物討伐配信までたどり着いてから? わかんないな……。ぅー。こういうことに詳しい人が欲しかったから部活にしたかったのに……」
無理筋とわかっていても一応取り掛かったのはそれが理由だった。もちろん
動画撮影もMCもコンセプト立案も編集も、素人なりに大抵のことは未那ができる。
けれど戦略的に動画配信をするマネジメントや広告は前述の理由から、未那には困難だ。
ネットで大抵のことは調べられる時代とはいえ、創作界隈については特に理論と実践は別物であり、今もそれなりにあるビジネス書などにあるような「私は宝くじを恐れずに買い、当たった」と宣言するような話か、詐欺の導入口といった内容もあって、元々詳しくないと真偽が判断できない。
それに仮に正しくても、先行者利益という言葉があるように、後追いで成功を収めるためには同じことだけをやっても仕方がないという現実もある。スタート地点からして違うのだ。
完全な模倣で成功するとしたら、その分野はもう粗製乱造に溢れて一部の上澄みを除けばそれこそ宝くじに当たったレベルの運になってしまっているのだろう。
兄の妹に生まれたことで運を使い果たしたと自認している未那は、自身の運勢に懸けるのはどうしても気が進まない。
魔物討伐配信は先行者がいない。むしろ後追いを作ることが目的の一つだ。
ならば、そこを軸に考えればいい。守りに入らない分だけ容易になっていることもあるだろう。
理屈はわかる。わかってはいる。
けれど理屈に合わない動きをするのが大衆だ。
理屈に合わない、というよりも、未那が今こうして悩んでいるように、最適解が明らかなのにその通りには決して動かないし動けないのが大衆と言える。
それは誰にとっての最適解なのかという視点が抜けているからだ。
誰しも自分の主観から逃れられない。
結局、未那も自らが嫌うソレらと変わらない。自覚している。
だからこそ最適解を選べない。わかっている。
ならばどうするか?
「部活じゃなくても……メンバー発掘するかな……今から探せば間に合うかもだし」
自分にできないなら人にやらせる。
まさしく大衆的な案しか出てこなかった。
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