閑話 とりとめもなく駄弁り

「リアがここまでアレだったとは、ちょっと予想外だった」

「ぅあー……あたし頭悪いって言ったのにー……」

「いや、無理もないと思うで。ウチもちょっと頭いたい」


 例によって赤広未那、若槻莉愛、美谷涼香の発言順番だ。

 いつもの修行場にテーブルとパソコンやモニター、ペンタブ付き液晶タブレットを持ち込んで勉強会をしている。


 莉愛は頭から湯気を出さんとする勢いだ。タブレットモニターを掴んだ両手を前に投げ出し、胸を押しつぶすようにしてテーブルに額を当てて突っ伏している。

 その首の角度を見て、未那は少し口端をひくつかせた。なんだその急角度。色んなところが痛そうだ。


「そんなに難しいかな、これ……。まだ基礎的なところなんだけど」

「むずいー。何がわからないのかわからないレベルでむずいよー」

「理屈は言われたらわかるし、基礎的いうんは納得できるんけど、とにかく馴染みがないんよな。知ってる英単語しか使われてんのに長文になると読めんくなるって感覚が近いかもしらん」


「ぜんぜん関係ないんだけど、最近はあんまりコピペも短文調も使わないよね、スズ。むしろ長文気味」


 長文という表現でふと思い出したようだ。キャラ付けサボってないか、と。いやまあ元々けっこう頻繁に剥がれていたけれども。


「たしかに減ったよねー。なんで?」

「単なるネタ切れ。てか普通におっつかんのよ」


「ネタ切れ、か。割りと深刻だよね、この問題」

「あたしはしんこくにみーなーのこうぎがわからない」

「せめてもの抵抗としてのエセかんさいってことやねん」


 話が散らばっている。どうやら三人ともに集中力が切れたようだ。約一名はもともとだったが。というかその一名のせいで散らばって聞こえるわけだが。

 それに気付いた未那は休憩に入ることにする。スパルタ方式は趣味ではないのだ。暴虐ブラコンなのに。

 実は密かにブラック企業に喩えられたことを気にしている。確かに手口の相似を否定できなかったから。


 用意していた手作りお菓子とノンカロリー飲料を取り出して二人に配った。


「せめてもの抵抗っていうけど、エセかんさいって諸刃の剣じゃない? しかもスズのそれって色んなところのが混ざってるし、地元の人が聞いたら反感買うでしょ」

「そなの?」

「まー、そういう話は聞くね。てかまあ、元々配信意識してのキャラ付けとちゃうし。あんたらと話す時以外、ふつーにしゃべっとーよ」


「逆になんでわたしたちと話すときにはネタだったりちゃんぽんエセかんさいだったりなのか」

「それホントそれ」

「いやだって、親とか先生とか他の知り合いと話すときにこんなふざけられへんやん」


「想像以上に普通な理由だった。どこにでもいる普通の主人公並みに普通な理由」

「そんな理由」

「まあ中二病言われたらそんとおりとしか言えんけども。個性を大事にしたいお年頃なんよ。何が言いたいかっていうとな? あんたらが個性ありすぎ言うこと」


「わたしってそんなに変な喋り方してる?」

「あたしはー、ちょっとは変かなって」

「しゃべり方にでも特徴ださんと埋もれてまうからってこと。あんたらの喋り方がおかしぃ言うてるわけやない」


「個性的かなぁ……リアはわかるけど」

「みーなーはともかくあたしもー?」


 お互いがお互いはともかくと思っている模様。

 暴虐ブラコンとか呼ばれるのを許容している時点で未那は自覚していそうなものだが、それを涼香のおふざけとしか思っていないことがよくわかる。


「ガワだけで言うても隠れフィギュア体型とロリ巨乳。その点、ウチはあんたらに比べたら身長あるていうても高身長ってわけでもないし、特にスタイルがいいわけでもないし、特徴ないやん? そんでミナはブラコンで魔法使い、リアはときどき鋭い天然。ウチはなんもないもん」


「ブラコンは否定しないけどそれを特徴に挙げられると何かモヤる。あと隠れフィギュア体型って何さ。聞いたことないし」

「スズちゃん美人さんだよ?」

「あんがとな、リア。けど今言われても嬉しないで。慰められてるようにしか聞こえへんからな」


 事実は違うと言われているようにしか聞こえない、と涼香は口端を引きつらせた。

 何を指摘されているかわかっていない莉愛は「???」と首を傾げるのだが。


「そういうのを気にするところが特徴って言えばそうじゃない? まあナイーブってポジティブなイメージではないけど」

「あ、女子がいうかわいいは信用できないっていうあれ?」

「言うてるようにポジティブやないの前面に押し出してどないせぇっちゅう話やし、リアの言うてるそれは男女のかわいいの感じ方の違いや。

 てかこの話題もうやめん? そないに耳障りやいうんやったらやめるし」


「耳障りってことはないけど。わたしも含めてVtuberとしてのキャラ立ちを考えなきゃいけないなって思ってたから。だからガワはともかくとして、キャラの個性については二人の意見も聞いておきたいなって」

「なんか癖になる感じして、あたし好きだけどなー」

「それなんやけど、箱作るっていうなら企画立てたり台本書いたりする人も募集せんの? ウチらにトーク力とかないし、ゲーム配信なんかのスキルもないし、歌唱力とかもないし、ピンで配信するときどうにもならんと思うけど。外注でもするん?」


「収益はわたしはどうでもいいから、そこは実はあんまり考えてない。適当にやったらいいと思うけど? わたしの場合はマリカワがわたしの寝てる間に勝手にやってるし……あんにゃろめ」


 マリカワことマリー・ハルカワの呼び名の使い魔は、有用性は間違いないので消去はしないが、いろいろ複雑なのだ。恥ずかしくてチャンネルがどうなっているのか確認もしていない。スマホのSNSも非通知にしている。

 因みに、未那は内心で自分のパターンであるハルカワ・マリーをルリーと呼称しており、その辺りにマリカワへの隔意が窺える。


「え、ていうかソロで配信とかするの?」

「よそから募集するってんなら収益出せてるかってんの重要や思うけどな。リアの言うようにウチらのソロはなくして、台本作るの三人でやればええだけなんやけども」


「そうか……そうだよね。普通は収益は重要かぁ……。ていうか募集に来る人は収益を得るためにVtuberやろうとしてるんだから、その先例が収益出せてるかは重要な判断基準だよね。さもありなん。なんでそこがすっぽ抜けていたのか」

「みーなーってちょくちょく抜けてるよね」

「リアがそれいうんはどうかな。リアが抜けてるて言うてる訳と違うけど、計画立てたりせんと抜けることもないってだけなんし、計画方針全部投げとるウチらにはなんもいえんってこと」


「む、というか最初は収益についても考えてたし。魔物討伐配信に後追いを作ることが一つの目標だったから、配信で収益が得られるのは重要って認識はあったんだよ。でも方針が二転三転して挙げ句に魔物討伐配信は諦めるってことになったから、一緒に抜けちゃったって感じ」


 もっと詳しく言うと実質的にマリカワの配信になってしまっているので収益云々についても一緒に意識の裏側に放り込んでしまったのだ。


「ホントにあきらめたんだ」

「まあ、Vtuberでどないして魔物討伐配信するって話やしな」


「いや別に魔物討伐配信自体は、録画して後から変換でできるよ? キミらのあの動画にやったみたいに。

 さすがに生配信は無理だし、マリカワの補助があってもスマホの処理能力じゃ撮影魔法回しながら討伐するのはさすがにキツいから、わたしだけだと難しいけど、わたしが撮影係兼もしものときのバックアップをするんだったら十分に行ける」


「あれ? じゃあなんで?」

「……やってもええんちゃう? いやもちろんウチらが使い物になってからの話やけど」


「スズが案外乗り気なのが不思議だけど、バーチャルに変換したら説得力がないから、魔法と同じでCGとかって認定される可能性が高いし、そうすると後追いも作れないし、何より録画だとお兄ちゃんに人気引き継がせるって作戦に使えないし、それだったら危険性の高いことをあえてやる必要ないじゃない?」


「えっとね、やりたいってわけじゃないんだけど、映像映えはしそうだなーって思うよ?」

「せやせや。それにそこまでの映像やったら、CG認定されたとしても、じゅーぶんウリになんで」


「いやまあ、いいんだけど……どの道今すぐの話じゃないからその方向で進めること自体は問題ないし。

 でもホントにどうしたのスズ。そんなに好戦的だったっけ?」

「たしかに、なにか変な感じかも」

「言うたやん。やるんやったら成功させたいて。さっきも言うたようにウチら、Vtuberとしてウケる要素とかないわけ。ウチは個性ないし、リアは、まあキャラの売り出し方によってはウケるかもしれんけど、あんたが流した動画のせいでキャラの方向性も定まってしもて、あんま急転回はできんやろ? どっかで飛び道具でも使わんとウチらが成功するまではいけんと思う」


「……スズ、何か隠してない? スズにしては筋が通りすぎてる」

「おこづかいほしいとか? あたしはほしい」

「筋が通ってて疑われるとか……小遣いはウチもほしい」


「まるで予め用意していた言い訳みたいだってこと。収益化通ったら山分けするからマリカワに祈っといて」

「うれしいけどそれよりそのお金でみんなでショッピングとかしようよー」

「何を言い訳してるいうんか。ショッピングもええけどなぁ、ミナと街歩くとめんどいで?」


「さらっと酷いこと言われた……」

「スズちゃんがらしくないこと言うときはたいてい斜め上だって、あたし学習した」

「ちゃんと憶えててえらい。ミナがっていうか、簡単に言うとナンパがめんどい」


「ちゃ、ちゃんと対策してるし?」

「あー、みーなーの服の着方ってそういうー。ていうかナンパってホントにあるんだねー」

「リアは声かけられたりせんの? ありそうやけど」


「無視すんなし」

「……えーっと、その、ね? ……スズちゃんのいじわる」

「え、別々のベクトルで意味不明に責められとるんけどなんやこれ」


「こんだけ完璧に隠蔽しても声かけてくる野郎が悪いんであってわたしのせいじゃないし!」

「一緒に街歩くような友達、いなかったんだもん……一人で街歩くの、こわいし」

「誰もミナが悪いいうてんやろ。あとリアはごめん! 気ぃきかんでホンマごめんね二人とも!」


「ていうかなんでわたしがこんな隠さなきゃいけないのさ! わたしだってかわいい服をかわいく着こなしたいし! 服とか買いに行っても結局欲しい服よりどう着たら不自然じゃないように隠せるかってことばっかり頭に浮かんで楽しくないし! だからって開き直ったら更にうっざいし! お兄ちゃんに止められてなければ輩ども全員メクラにしてやるのに!」


「あ、あらぶってる」

「ミナはまず顔を隠さなあかん」


「それしたらなんかストーカー湧きまくったし……ていうかスズそのこと憶えてないわけ?」

「ストーカーってホントにわくんだ。え、ていうかだいじょうぶだったのそれ?」

「ああ……なんかどっかのアイドルのお忍びと間違われてたヤツね。あれはタイミング悪かっただけやん? ……あっ」


 涼香は自分で言っている途中で察した。


「ふ、ふふふっ。そう、そうなんだよ。わたしは間が悪い女なんだよ。言われて初めて気づいたけど、言われてみれば納得なんだよ。でもこれとかあれとかそれとか、わたしのせい? 違うよね。世界が悪いんだよ。きっとそう。わたしはただお兄ちゃんとお買い物デートでちょっと気合い入れてコーディネートしただけだったのによりによって電車の人身事故が起きたりとか、お兄ちゃんがその人命救助に行っちゃったりとか、一人取り残されたわたしを拉致現場まがいに囲んでくる輩どもとか、うっかりソイツら熨したらどっかの中小企業社長の息子が混じってたりとか、戻ってきたお兄ちゃんに血痕ついてたりとか、そのせいで……ぅなぁぁぁぁぁぁ……っ!」


「ぇ、え? それってリアル?」

「ウチもそれ初耳やわ」


「世界が悪い。異論は認めない」

「は、はい」

「ごめんなさい」


 発狂から突如真顔で宣言する未那の迫力に二人は屈した。

 涼香は兄妹でお買い物デートとかナチュラルに言っている辺りで世界から補正を受けたのではないかと思ったが言わなかった。メタすぎるし。


「うん、というわけでショッピングはなしね。リアを入れたら更に酷いことになる予感しかしないから、行くなら二人で行って。収益全部持ってっていいから」

「う、うん。あたしもこわくなったからショッピングなしでいいよ」


「てか収益全部ってのはアカンよ。つか山分けやなくて半分は運営資金としてプールして残りの四分の一をウチらに、他は全部ミナが取る配分にしたらええと思う。そんでもウチらもらいすぎやけどな」


「拘るね」

「でもわかる。あたしたちお金もらうほどのことしてないもん」

「モデル料くらいはもらってええかなってだけ。ウチの実感としてはリアと同じやな。友達やからこそその辺しっかりせんとあかん」


「まあまだ収益出てないうちからこんな話してても鬼が笑うよ。それこそわたしの間の悪さが何かして収益化通らないかもしれないんだし」

「さっきの話聞いたあとだと笑えない」

「リアは鬼とちゃうからね。そんでミナは自嘲せんと」


「自重と自嘲をかけた? ちゃんぽん方言だから成立するわっかりにくいボケを……。わかりにくすぎてわたしが鬼呼ばわりされたのスルーするところだったし」

「え、ていうか今何かボケがあったの? じちょうとじちょう?」

「確かにわかりづらかったね。自分で言うといて解説に困るくらいやし」


「ネタの解説したら死ぬんじゃなかったっけ?」

「ていうかオニが笑うってなに?」

「あれ自体がネタやし。……まあ知らんと思うけど。あと鬼が笑うはことわざ。詳しくは『来年のことを言えば鬼が笑う』で検索したって」


「いや別にこんなの知らなくてもいいけど、リアの学力が改めて心配になった。よく高校受かったね」

「つめこみしてうかったらぜんぶわすれたー」

「つめこみで合格できるんやからポテンシャルはあると思うけどねぇ」


「案外リアみたいのが、お兄ちゃんがいう『わたしたちとは別方向に発達した魔法使い』になるのかも」

「?」

「それってどない?」


「さあ? わたしたちっていうのは、お兄ちゃんとわたしのことだけど、そういうのとは違う、かといってネットで魔法題材にしてる、まがい連中のそれとも違うタイプの魔法使いっていうのがいるらしいよ? わたしは会ったことないし、お兄ちゃんも具体例を挙げてくれなかったからどんなのと言われても。『間違いなく存在する』らしいけど」

「それがあたし?」

「……おにーさんがそういう言い方すんのってよくあんの?」


「かもってだけ。そうだったとしたらリアに魔法教える方法、何か考えなきゃって話だね。あと期末試験乗り切らせるのどうしようっていうのもある。

 それはおいといて、お兄ちゃんがこういう言い方するので外れてたことないから、その内台頭するんじゃない?」

「期末試験……ぅぁー」

「よくあるってことね」


「なんか気になることでもある感じ?」

「まほーでなんとかならないかなー……期末。ていうかこんなことやってる場合じゃない気がしてきた」

「いや、根拠ないこと断言すんの、なんやおにーさんのイメージと違うなって」


「今覚えさせてる術式が使えればスマホにアクセスしてカンニングできるから、今回はそれで乗り切ってほしいんだけど。

 お兄ちゃんには根拠があるんだよ。その根拠を人に説明できないだけで」

「ど、どうどうとカンニングしろって言われた? 今……」

「ウチらの内申気にしとったのになんで今の時期に魔法勉強させてんのかと思ってたらそういうことね……」


「いや、術式維持しながら問題解くのなんて初心者には難しいし、要所要所でしか使えないから、結局は地力が物を言うよ? それにカンペは自分で作ってもらうし、それで勉強にはなるでしょ? あくまで補習とかにならないように最低限をクリアできる方法を提供するってだけだし。だからリアのことはちょっとかなり不安になってる」


「うぐぅ……」

「なんだったらウチらは普通に勉強した方が良い点とれそうやね」


「断っておくと、わたしはカンニングしたことなんてないから」

「そっちのほうがうらやましい……」

「ん? せやけど撮影魔法とやらがあったらもっと楽に絶対バレんようにカンニングはできるんと違う? いやミナがそれ使ってたて言うてるわけと違うけど」


「スズは撮影魔法を誤解している。あれは一定領域の光学的な情報を魔力走査で取得してイマジナリークラウドに記憶してデフラグ圧縮したものを選択的にデジタル信号に変換して機械側でデコードして再生させているんであって、わたしの脳内やイマジナリークラウド内で映像が再生できるっていうものじゃないから。できなくはないけど、まあ脳への負担を考えるとやりたくない」


「ちんぷんかんぷん」

「これが噂の眠りの呪文か」


「一口に説明したけど内実はもっと複雑だからね? 術式化してもできれば他の魔法と併用したくないってくらい」

「はぇー……もうすごいのかすごくないのかさえわかんない」

「てかなんでそんな魔法作ったん? まさか動画配信のために一から作ったとは言わんよね?」


「いくつかの探知系の魔法を組み合わせて最適化しただけだし。お兄ちゃんも似たようなのは確か使ってたはず」

「? お兄さんに教えてもらえばよかったんじゃないの、それなら」

「……」


「いや、お兄ちゃんの場合は……さっきわたしができればやりたくないって言った、イマジナリークラウドで再生してるみたいだったから。どんな風に記録してるのかとか再生しているのかとか、ちょっとわからない。わたし、未だにああいう離れ業できないんだよね。まあ逆に、その魔法を教えてもらってたとしても、配信用の動画とかには使えないから、改変はいずれにしても必要だったし。

 あ、このことで思い出したけど、お兄ちゃんがなんか未来や知るはずのないことを断定的に言うことが割とよくあるって話だけど、たぶんこの魔法が関係してると思う。

 イマジナリークラウド内での現実シミュレート、みたいなことをお兄ちゃんは単独で実現している節があるんだよね。わかりにくいと思うからもう少し詳しく説明すると、あらゆる情報を探知魔法によって取得してその情報をイマジナリークラウド内で再構築して、その仮想現実を基底現実よりも早めた時間で進行させることで未来を予知したり、視点を移動させて本来なら知りえないはずの情報を取得したりするってわけ」


「――」

「あかん。リアが白目剥いてしもてる。早すぎたんや。

 いや、ウチもおにーさんの頭ん中にはリアルと近い世界があってその世界では神視点で物事知れるいうことしかわからんかったけども」


「前から思ってたけど、スズってけっこう要約が上手いよね。細かいことを除けばだいたいそれで合ってるよ。因みにこれはあくまで推測ね。そうじゃないかって思えることがあったから、お兄ちゃんができそうなことから推理してみました」


「お兄さんはかみさまなんだねー」

「あかん。目の焦点がズレとる。そっち行ったらあかんでリア。

 てかこないに細かく語っといて推測なんかい。いやまあ、納得は納得やけんど」


「スズ、お兄ちゃんに連絡したね?」

「ひっ」

「……いきなりぶっこんでくんな」


 未那はすごくいい笑顔だが、莉愛を一気に正気に戻すだけの迫力があった。


「わたしの記憶している限りでは、お兄ちゃんのそういうとこ、スズに見せてなかった。というかさっきからちょくちょく変な反応してたし。

 そういえばマリカワの初配信、ずいぶんとタイミングよく見つけられたね? 動画配信をやめるっていう話をした直後に新着チェックなんてするかな。これまでに見つけた面白いチャンネルを惰性で見るとかだったらわかるけど。

 まあこれはそういう気分のときもあるよねってことでそこまで疑わしくはないんだけど……色々合わせて考えると、ね?」


「な、なにが?」


 莉愛は唐突な緊迫した空気にあたふたするばかり。

 話の一切を莉愛は理解していないので致し方ない。


「堪忍して。ウチはおにーさんに、なんで動画配信やめるようにミナに言ったんですか、って尋ねただけや。一応、その内容によっては相談に乗ってほしい、とも書いたけど、忙しいんはわかってたから、無理に返信しないで大丈夫ですってちゃんと断りもいれたし。

 したら即レスで、即レスやってんのになんや、やったら長い文面で、ウチが書いてもいないこと見透かされたとしか思えん内容のわけよ。予め用意されとったとしか考えられんのに、文章信じるんやったらそうとはならんし、用意されとったとしたらそれはそれでおかしなことになる。そもそもおにーさんがウチを謀る理由とかないしね。

 そんで書かれてる通りにしたら、あの動画見つかるやろ? それも具体的な時間指定やなかったんに、ウチが見たときちょうどトップに出てきたんよ。ウチがあのメールを見てからどんなタイミングで開くのか計算されとったとしか思えへん。それ以前にミナが上げる時間まで読んで計算に入っとったわけやろ?

 正直ぞっとしたわ。サトリかクダンかってな。おにーさんが人外やってんの、なんやもうこんだけでお腹いっぱいなくらいわからされてしもた。

 そんで今のミナの解説訊いて、ああ一応タネはあるんやな、って安心したんよ。てか実はそうやないとしても、そうやと思いたいって感じやな。

 いや、それでもとんでもないことなんはわかってんで? そんでもまだ、理屈で説明できる範疇やってことがな、あんまビビらんでもいいって自分に言い聞かせられる理由にはなるていうか」


「……まあ、お兄ちゃんは高速思考を使えるし、思念で端末を操作できるから、どれくらいの文量だったかは知らないけど、一万文字くらいだったらたぶん電波の送受信のラグと区別付かない程度の時間で送信できると思う。わたしでもできなくはないからね。

 でもスズ……わたし、そういうことを聞きたいんじゃないんだけど? 忙しいならいいって断り入れたっていうけど、忙しいところを邪魔する可能性があるってわかってて連絡したわけだよね? お兄ちゃんの邪魔になってまで知りたいことだった?

 確かにわたしの都合で振り回したからスズたちが詮索する権利はあると思う。そこはわたしも反省してる。でもそれ、お兄ちゃんの邪魔をしていい理由にはならないよね。まずわたしに訊くべきだよね。決して急ぎじゃなかったんだから。せめてお兄ちゃんが忙しくなくなってからでよかったはず。

 というか、スズはわたしがこうやって怒るってわかってたでしょ? バレることも織り込み済みだね? ってことはもうそのメールは削除か改竄済みかな。今言わなかった内容があるよね? 長々と内容に触れて言い訳に見せかけたのはそれを隠すためでしょ? スズがわたしに、お兄ちゃんに怯えているとか、思ってても言うのはし? ついでに言うと、さっきと同じ、予め用意していた言い訳みたいに聞こえたし?

 何を隠したのか、教えてくれたら今回は不問にするけど、どうする?」


「言葉、返そか。そんなにしてまで知りたいん?」


 未那の言い当てた通り、涼香はすでに覚悟を決めていた。

 追及されても怯まず、言い返す。


 すると未那の顔から表情が剥離した。


「お兄ちゃんがわたしにわたしのことで色々隠しているのは、知ってる。それがわたしのためを思ってだってことも、わかってる。でも、わたしには隠してスズに言うのって、なんで? 納得できない。スズに嫉妬してるっていうんじゃないよ? それがないとは言わないけど、スズにこうやってわたしが問いただすことをお兄ちゃんが予測しないわけがない。それはつまり、お兄ちゃんがスズに言うか言わないか選ばせているってこと。スズに選ばせるのは、なんで? 本当はわたしに言いたいの? だったら聞きたい。でもスズは言うつもりがない。じゃあなんで? わかんない。わかんないよ、スズ。お兄ちゃんはわたしにどうしてほしいの? 知ってるなら教えてよ。知らないなら何を伝えられたの? なんでわたしに言えないの? それも言えないの? 口止めされてる? お兄ちゃんがそんなことする? だったら最初から伝えなければいいだけ。やっぱりスズに選ばせようとしている。ズルい。なんでスズだけ。違う。スズだけじゃない。逆。わたしだけ。わたしだけ教えられない。教えてもらえない。理由はある。でもそれをわたしは知っちゃいけない。わかってる。わかってるんだよ? ――わたしはいい子だから」

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世界を救うため、お兄ちゃんを配信者にします!(※この妹は人類が滅ぶ分には構わないとか思っています) 葛哲矢 @kuzu-tetuya

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