第15話 赤広未那は懐古した
「BGMはキミたちで決めてもらうことにしました」
「それはいいんだけどー」
「フリー音源いいの多いな、思ったより」
例によって赤広未那、若槻莉愛、美谷涼香の発言順番だ。
けれど例によらず、いつもの修行場ではない。
「ダンス創作するのはキミたちなんだから、BGMを決めるのはキミたちのほうがいいと思って」
「そうじゃなくてー」
「楽器を演奏できなくても作曲できるようになったんがデカいんかな」
「確かにね、音楽的センスと楽器を上手に操れるセンスって別物な感はあるよね」
「なんで音楽選びなのにお茶会なのーってことなんだけどー」
「アカペラ作曲は無理ゲー」
「歌いながら音を取るって、まあできなくはないんだろうけど、それもまた何か別のセンスが必要そうだよね。そう考えると大きいのは連ねた音を記録して何度も簡単に聴きなおせるってところかも。歌うのと違って音を重ねることもできるわけで、つまり編曲しやすいのが」
「ムシしないでよぉ……」
「そういいつつもお茶請けに伸びる手は止まらないリアなのだった」
未那の住むマンションの一室である。
「音楽を聴くと言えば昔からお茶会って相場が決まってるじゃない」
「昔からじゃなくて、昔だけ、じゃなくてー?」
「
「その略語、もう通じないって話だよ」
「じーじーって……? お茶っていえばおじいさんってこと? 千利休?」
「ネタ発掘に余念がないウチはともかく通じてるあんたは一体……」
「
「ロム?」
「年齢詐称疑惑」
「もうやめよ? この話題。誰も幸せにならないよ」
「やめるも何も何もわからないんだけどー?」
「鐘の声が聴こえる……祇園精舎の」
涼香は某
「まあ、マジレスすると、そのうち飯テロ動画も撮ろうかと思ってて、その予行演習みたいなものかな」
「メシテロ? それもむかしことば?」
「飯テロはまだあるやろ。あるよな?」
「飯テロはたぶんまだまだ廃れないんじゃないかな。けっこう歴史が古いみたいだし、欧米でもフードポルノとかって該当する言い方があるくらいだし」
「えっちなの?」
「逆に規制されそうな小ネタやな」
「欧米のセンスは正直わたしにはわからない。あっちのコメディアンの面白さはもちろん、原題ザ・ボディは面白かったけど、あの場面を公然と流すセンスがわからない」
「あのー……ブルーベリーパイを出しておいてー……あの映画の話をするのはー、どうかなーって」
「なるほど、飯テロ。ていうか意味そっちかい」
「というか今の言い方でリアに通じるとは思ってなかったよ、ごめん」
「古い洋画とかー、わりと好きなんだー」
「ウチ、狙い打たれてた……?」
「クリーチャーネタを出すくらいだからスズは知ってるだろうと思ってね」
「逆にー、みーなーがそれ含めて知ってるのが不思議かも」
「いやウチが狙われた理由のほう訊いてんか?」
「じゃ、ブルーベリーパイはやめて他のお菓子にしよっか」
「うぅ。たしかにあのイメージのせいで食欲なくなっちゃったけど、おいしかったのにー。ていうかこれってどこのお店の?」
「いやフツーにフツーやない方法でミナが作ったんやろ」
「魔法は便利だよ。オーブンなくてもパイが焼けるし、焼き色自在だし」
「生活魔法、すごい」
「騙されたらあかん。ミナやからできることや」
「なぜ魔法初心者にそれがわかったのか」
「だます意味」
「おにーさんがミナの食事、魔法使って作ってたって聞いたから。あのおにーさんが簡単な魔法を使うはずない」
「論理性のかけらもないのに正解しないでよ。お兄ちゃんだって簡単な魔法くらい使うよ」
「だます意味」
「本人にとっては、って枕詞が常につくのがおにーさんやろ?」
「訳知り顔が腹立つからスズにはブルーベリーパイをおかずにマヨご飯でも食べてもらおうかな。もちろんマヨは自作です。ツナマヨにすると美味しいよ?」
「ひていはしないんだ」
「ピンポン。突然ですが、ここでクイズです。マヨの原料はなんでしょうか」
「わかってるじゃない。その時はわたしのそばにいないで?」
「どんとすたんどばいみー」
「やめてっ、意地でもウチに飯テロるつもりでしょ! あの映画みたいに! あの映画みたいに!」
「やだなぁ。飯テロするのはスズであってわたしじゃないよ?」
「せっかくおいしかったのにもう何も食べる気なくなっちゃったあたしにはメシテロ? してるよ?」
「パンデミック」
「やはり映像はつよい。思い出すだけでこれなんだから。ぜったいポップコーン吹いた人いたよね」
「たしかに。ぜんぜんうれしくないけど、たしかに」
「誤飲しそう」
胃から出ていくのに腑に落ちるから。
「逆飯テロつながりで言うと音も結構なあれだよね。いわゆるクチャ音。
あ、リアは炭酸はいける? ティーソーダ作るよ」
「微炭酸ならいけるけど……どういう文脈?」
「警戒心」
「いや単に発泡音とか泡がはじける音とかも飯テロになるなぁ、って思って連想しただけ。
スズは強炭酸もいけたよね」
「あやしい」
「いけるが、それは重曹か?」
紅茶の入ったサーバーに何か白い粉をドバドバと入れる未那に二人は怪訝の視線を送る。
「見たまんま砂糖だけど?」
「ちょっと……ぞっとするくらい入れてる……」
「いやまあ、菓子作りとかしてるの見るとそう驚くほどの量でもないってわかるが……」
「紅茶自体もだけど、炭酸って苦いから、中和するために結構な量入れるんだよね。それに人間の舌は冷たいと甘味を感じづらいから少し多めに入れた方がいいんだよ。それにこのサーバーの容量を考えるとこれくらいふつーだって」
「いつの間にかしゅわしゅわしてキンキンに冷えている……」
「ウチらはいったい何を見せられているんだ……」
サーバーからグラスに注がれるティーソーダを眺めて二人は呆然だ。
「リアのは三分の一くらい紅茶で割って、と。はいどうぞ」
「あ、すごい。かおり高い」
「たしかに香りはいい。だが、あの量を見た後だと……さすがに。てかなんで人工甘味料使わんかってん?」
「香りの邪魔なんだよね。アスパルテームはマシだけど、発ガン性があるって報告されるし、ラカントは高いし。そもそも人工甘味料自体が脳に悪いって統計研究結果があるし。まあ糖新生を無理に抑えるようなものだし、それがないってことは満腹中枢を騙せていないってことで逆に糖分摂取欲求増加を促しちゃうし、当然と言えば当然だけど。かくもダイエットサプリや食品には危険がいっぱい詰まっているから、結局従来の食品を使うのが一番いいってことね」
「むつかしい……」
「脳が糖を欲している……」
それでも聞き入ってしまう二人だ。
ダイエットに関心がない思春期女子などいない(偏見)。
ほとんど無意識で砂糖たっぷりティーソーダに手を伸ばしている。
「脳が糖を欲するっていうけど、確かに脳がATP生産に使うのはほとんどが糖だけど、一〇〇
すでにダイエットにほとんど関係なくなっても未那の突発講義は延々と続く。
気付けば二人は、グラスは疎かサーバーにあったティーソーダまでも飲み尽くしていた。
すべて、未那の目論見通りだ。
飯テロと見せかけて食欲を削ぎ、それでもおいしいものを食べたい欲求は高めさせた。
逆飯テロ(真)を警戒しているところに、思わせぶりに音による逆飯テロを意識させて注意をそちらに向ける(ミスディレクション)。
そうした挙句に延々と頭を使わせる講義を始めて、砂糖たっぷりのティーソーダから意識を逸らしながらも飲むことを促した。
もちろん紅茶にしたのも炭酸にしたのも、砂糖の甘さを極力意識させないためだ。
そう。
食べ物はお腹が膨れることで摂りすぎのサインがあるが、飲み物はそれがわかりづらいのだ。炭酸なので、多少飲みづらさはあれども、そこは必要経費として割り切る。
しかも紅茶は利尿作用のあるカフェインが多めだ。
喉が渇く。お花摘みが終わったらまた飲みたくなってしまう。その時ついでに炭酸ガスを吐き出してくればもうこっちのものだ。一度膨らんだ胃は空いたそこを埋めるように物の摂取を促す。
とてもとても巧妙に仕組まれた罠。
「ふふっ……機材が届くまでに、少しでも肥ゆるがよい……」
すべては涼香への意趣返しのために。
暴虐ブラコンはここまでやってしまう。
ぶっちゃけ被害妄想なのに。
なんたる邪智。
なんたる暴虐。
思春期女子たちにするにはあまりに無体なこの仕打ち。
しかも未那は自分は一滴たりとも砂糖の入った紅茶を飲んでいないのだ。
挙句、そのことに気付かせてもいない。
誰か早くこの暴虐ブラコンを止めねばならない。
次回【若槻莉愛、立つ】
※フェイク予告です
ていうかBGM選定とかすっかり忘れられているんですがそれは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます