第16話 赤広未那は憤怒した
「というわけで、機材が届いたからアバター作るよ!」
「なんだか久しぶりのこの入り方にすこし安心している自分がこわい」
「オペラント条件付け」
例によって赤広未那、若槻莉愛、美谷涼香の発言順番だ。
ただし、おや……莉愛の様子が……。
「どっちかっていうとストックホルム症候群じゃない? 条件付けが成立するほどの回数は重ねてないし」
「知らない言葉なのにこわい言葉なのがわかるのこわい」
「なんなら確信犯の自白だからね、仕方がないね」
「いやいや。要はそれくらいキミたちのお世話したって自覚があるってことだし」
「なんだかわからないけど否定できないのがこわい」
「ああうん。リアに説明すると、ストックホルム症候群っていうのは、おおざっぱに言うと、誘拐された被害者が誘拐した犯人に対して共感して、好意を持ったり信頼したりして果ては犯人と結束までしてしまうっていう現象のことな。
割といろんなケースがあるから一概には言えんけど、誘拐した犯人は被害者の世話を焼くことから、それに生かされているっていう自覚が、犯人への憎悪を依存へとすり替える、みたいなことが原因だって言われたりもしとる」
「スズ、詳しいね。まあ、そういうこと。リアはわたしのこと好きじゃないのに、餌付けされたことでちょっとした依存感情が芽生えちゃったんじゃないかな、ということだよ。
というか今思ったけど、リアはもしかしてまんじゅうこわい状態?」
「まんじゅうこわい?」
「落語やな。それ自体はAIにでも聞かせてもらうとして、要はこわいこわい言ってるけどホンマはお菓子が欲しいんか? ってこと」
「
「だって、だって! みーなーの作るお菓子、犯罪的においしいんだもん!」
「犯罪的はおハーブ」
「材料に気を使って、保存料とか使ってない分だけむしろクリーンなお菓子だというのになんという言い草か」
「ブラのホックの位置二個変わったんですけどぉ!?」
「なん、だと……!?」
「体調によってはそういうこともあるでしょ」
「こわ、こわくて体重計に乗れないの。はやく、はやく運動を、運動、しなきゃ」
「なるほど、そっちか」
早くダンスでもなんでも運動したい。
だから久々の修行場に安心したということだったようだ。
未那のお菓子を食べるのを控えることは諦めている辺り末期である。
「逆にスズはなんでそんな平気そう? 見てた感じむしろスズのほうが食べてたと思ったけど」
「まさか……」
「ふっ……」
未那は、まさかターゲットには気付かれて対策されていたのか、と。
莉愛は、よもや裏切りか、と。
二人は訝った。
そして涼香は意味深な笑みを浮かべる。
「あ、これ単に現実逃避してるだけだし」
「なぁんだそっかー」
「ふっ……」
触らずに服の上からもその人物の体形を把握できる魔眼持ちの未那はあっさり見破ってしまった。
「よし。それじゃ、アバター作っていくよ!」
「みーなー……よし、ってそれは……つまり」
「邪智ブラコンに改名しよか」
「なんか響きがイヤだから却下。というかこの期に及んでようやく気付くって、ちょっと遅くないかな?」
「気付いてた。信じたくなかっただけで、気付いてたよ……っ!」
「まあどんな鈍感でも気付く。方針転換した次の日から延々餌付けされてればなぁ。けど、ブラック企業に勤めているリーマンさんたちが会社を辞められないように、ウチらには抗う術なんかなかったんや……」
「ブラック企業と同一視されるのはさすがに心外なんだけど」
「ひぃ」
「……すまん。これは素直にすまん。やから圧抑えてんか」
「……本当に気を付けてよ」
一瞬ではなかったが、なんとか二人が息が続く程度の時間で圧は収まる。
「み、みーなーが嫌いなのって、政治家とかなんだと思ってた……」
「……ウチも少し不思議やわ。おにーさん、別に企業と絡んだりしたことないんやない? さすがに年齢的に考えて」
「……ノーコメントで」
「き、気になるけど、普段聞いてもいないことをたくさんしゃべるみーなーが言わないってことは、聞かない方がいいってこと、だよね」
「それをここで口に出せるリアは、たまに本気ですげぇって思う」
「はぁ……」
と自分を落ち着かせるように未那は一つ息を落とす。
「まあ、わたしは経済詳しくないからあんまり言いたくないってことだけど。それでも言うなら――お金って要は信用を数値化したもののことでしょ? それなのに信用をお金で買うみたいなことしてたら価値が暴落するのは当たり前の話じゃない? そしてそんな実質無価値の信用で社会的立場を作った連中が、その成功体験を元に無価値な信用を回して集めていくんだから、無価値どころか信用性の意味ではマイナスが累積していくだけでしょ? なまじ成功体験があるから自分の誤りに気付くことはないし、結果が間違いだったとしても自分以外にその原因を求めるわけ。そしてその対象は、往々にして誤りを正そうとした人や、ただ自分の職制に従っただけの人に押し付けられる。それで間違いの責任は取ったことになって問題は何一つ解決されず、どんどん累積していく。そんなことを繰り返していたら、仮に最初はきちんと認識していたとしても錯誤して、それが現実なんだって思い込む。自分には思い通りに現実を変える力があるんだと錯覚して、具体性のない精神論を振りかざして押し付けるようになる。なぜならそれが本気で正しいことだと確信しているから。自尊心が過剰に肥大して自己肯定感を損なうものを認識することができなくなっちゃうわけ。誤りを認識できないから言行のすべてが論理破綻しているのにそれに気づくことができない。だからバレないイカサマは犯罪じゃないみたいなこと言って、万引きを自慢げに吹聴する小学生みたいなことをさも偉大な訓示みたいに語りだすようになる。そんなことで自分が憧れられる存在だと本気で信じるようになる。そんな連中が作った仕組みの中でのし上がった連中もやがてはそうなる。そうならないとその中で生き残れない仕組みだから。全部のツケは連中の誤ったジャッジによる敗者に押し付けられる。勝ちとか負けとか、それ以前の問題なのにね。その仕組みの中で勝ったら脳が腐るってことなんだから、これは。どっちみちバッドエンド。まるで蠱毒だよね。より有害に有能なのが生き残っていくだけなんだから。有史以来、上層部の内部からの改革で構造が改善された例は一つもないんだよ? 改悪された例ならいくらでもあるけど。それに敗者と呼ばれる人たちに、そんな膨大なツケを清算する力なんて得られない仕組みなんだから、やっぱり目に見えない負債は堆積していくばかり。そうした意味では確信犯的にブラック経営をしている連中はまだマシ。社会的に対処しやすいって意味であって、その連中を肯定する意図は一切含まれていないから、そこは間違えないでね。これは無自覚な無能や有害に有能な無能、足を引っ張ることを仕事だと勘違いしている老害は矯正不可であり、本人のみならず取り巻く全部が破綻するまで改善が極めて困難だって話なんだから。なんなら無理だと断言しても過言じゃないくらい」
「な、なんだかぜんぜんわからないけどヤミが、ヤミが深いよ……っ」
「地雷系女子。ただしファッションやメンヘラとは違うものとする。これはもっと恐ろしい何かである」
(続く)
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