第17話 赤広未那は改悛した
「ブラック企業というかこの国の経済の在り方についてのわたしの所感はいいとして、いい加減アバター作ろうか」
「あれだけのいきおいで話しておいてあっさりすぎると思うの」
「けっきょく何があってそこまで嫌いになったんか言ってんしね」
例によって赤広未那、若槻莉愛、美谷涼香の発言順番だ。
「はぁ……。少しでも先延ばしにしたいんだろうけど、一朝一夕で体形を絞れるわけでもないんだし。
それに君たちが懸念しているような、前の露出多めの衣装に着替えろとか、ぴったりスーツに着替えろとか言わないよ?」
「ホントに!?」
「死語シリーズ
デジタルマガジンの略、ではない。
「そのためのキャプチャ魔法だし。何度か言ってるけど、キミたちのモチベを下げすぎるようなことはなるべく避けたいし」
「な、なら、お菓子を、お菓子をださなければ、……よ、よかったんじゃないかなー、って」
「知らなければ求めない。ならば知らなければよかったのか? 哲学」
「だからこそ、だよ。リアは今だからこそ、体形を絞ることに熱心になれるでしょ?」
筋違いの私怨から餌付け始めた人物の発言がこれである。
しかもその対象はとばっちりだ。
「くっ」
「騎士ではないのでくっコロはない」
「まあ運動で体形を絞るってことは筋肉がつくってことで、人によっては体重はむしろ増加するかもしれないんだけど」
「ぅえ?」
「筋肉は脂肪より重い定期」
「だからダイエットで体重を指標にするのは危険なんだよね。体重が下がったことだけを見ていると、往々にして基礎代謝が上がってないことになっていて、リバウンドしやすいってことだから。体重を少し下げて、体形は目に見えて絞られる、くらいがたぶんリアにはちょうどいいと思う」
「ま、まあ……理屈はわかるんだけど、それってごっつくなっちゃったりしない?」
「たかが知れてる」
「女性だからそう簡単にごつくなったりはしないし、わたしが言ってる筋肉って骨格筋のことだけじゃないからね? 血管平滑筋とか不随意筋も含むよ? あと一応骨格筋は骨格筋でもいわゆるインナーマッスルなら外側にはあまり変化が見えないし、むしろ内臓を支えることで体形や姿勢がよくなるし」
「な、なるほどー。しょうじきちょっとわかんないとこあるけど、なるほどー」
「なんか方針かわっとらん? 局所激ヤセってそういうんとちゃうよね」
「スズに言われて気付いたし。確かに局所激ヤセって何がすごいのかわかんない層のほうが多いかもって。少なくとも男性はそんなのほとんど気にしないよね。なのでダイレクトに『胸部装甲保護魔法』ということにしてしまおう、と。
まあやってることはほぼ同じだし、局部よりも消費範囲が広いせいで効果が目に見えるのが遅いってデメリットもあるんだけど、そこを脂肪の減りだけじゃなくて、体形や姿勢を改善することで『キレイ』になるところを見せることで補おうかな、って」
「ぅ、おそくなるんだぁ」
「それよりそのネーミングよ。装甲なのに保護対象とか草なんだが」
「二つの意味でオヤジがひっかかりそうだし、いいかなって」
「うげ」
「い、ま、さ、ら」
「リアの想定の甘さは今更のことなのでとりあえず措いといて、じゃあどうやって筋肉を鍛えていくかっていう話になるんだけど」
「そ、想定はしてたもん。ただ考えないようにしてただけで」
「それでええんちゃう? 不特定多数に見てもらおうって時点でそういうんは避けられんわけで」
二人は未那の講義が始まることをなんとか阻止した。
トラウマ気味なのだ。
「まあそれでも女性層ができるだけほしいところではあるよ。わたしの第一目的からするとガチ恋勢とか、お兄ちゃんのアンチ候補はできるだけ避けたいところだし、キミらも嫌でしょ?」
「たしかに」
「なるほどねぇ。せやから回りくどい構成で魔物討伐まで行こうとしてんのね。暴力系に惹かれんのはどう考えたって男やもんな」
「キミらが実力を身に着ける過程も視聴者数獲得に活かしたいってのはもちろんあるよ。それを視聴したリスナーが少しでもそういう力に興味を持って模倣することもね。回りくどいのは承知の上だけど、それでも色々と想定した中では最短ルートだとわたしは思った。
まあ、正直なところを言うと、あんまり自信はないんだけどね、このルートでいいのか。わたし、男女問わず、どういうのに惹かれるかとかわかんないし」
「あー。うん、なるほどー」
「リア察しすぎ」
「ゆっても、キミらもそうでしょ? 少なくともリアは」
「……くやしいけど反論できない」
「まあウチも反論はない。あの提案、正直言うて苦し紛れやったし」
「でもスズの提案はわたしに色々気付きをくれたよ。わたしはどうにかリアルのほうでそういうこと考えられる人を見つけようと画策してたけど、そうじゃなくて、デビューした後に、動画を作ること自体に興味を持っている人とか、動画作成のスキルはないけど拡散することは得意な人とかのつながりを作ればいいんだって」
「えーっと?」
「つまりリアル知人ではなくネット知人を作って頼るってことな。それも出来れば経験者の」
「インフルエンサーの目に留まるとかは完全な運だし、そういうインフルエンサーの琴線に触れる動画を狙ってわたしたちは作れない。
だから、楽器を演奏できないけど音楽的センスが高い人とか、その逆とか、そういうセンスのかみ合わせが悪い人ってどこの業界にも絶対にいると思うし、そういう人たちを見つけたり向こうからアクセスしてもらうための足掛かりとしてチャンネルデビューしよう、というわけだよ」
「はぇー……。みーなーってホントにいろいろ考えるよねー」
「けどな、そういう人たちってバーチャル配信とかやってんじゃね? あ、いや、そうやんな。せやからリアタイでぬるぬる動くアバター」
「そういうこと。だから、おめでとう! キミたちは受けが取れるまで手を変え品を変えってやらされる可能性は極小になりました!」
「……ほぇ?」
「……デジマ?」
「そうだよ。チャンネル登録者数を確保するための努力は、そうしたことができる人材とつながりができてからの話ってことね。
だからアバターをマイナーチェンジしたり、ダンスに創意工夫を凝らしたり、魔法の習熟度に応じて難易度が変わったり、ということはあるだろうけど、基本コンセプトである『リアタイキャプチャで動くアバターと同時二窓風配信』というところは変えないから、自ずとやることも限られてくるってわけ。
というかテーマが取っ散らかるとそれだけ初見の視聴者が入りづらくなるって話をちらっと目にしたんだよね。
だからこの基本コンセプトから外れる場合は別のチャンネル枠でやることになるし、それはある程度以上チャンネル登録者数が得られてからの話ってこと」
「……あ、あれ? な、なんで、あたし、なんで泣いてるんだろう……」
「泣けてきちゃう。だって女の子なんだもん」
涼香の古いネタ(もじり)発言のせいで分かりづらいが、二人は本気で涙をぽろぽろと零すように泣いている。
そしてそんな二人を眺めながら「うんうん」とまるで後方師匠面して頷く未那(元凶)。
だが二人は気付いていない。
未那は確かに基本コンセプトから外れることはないとは言ったが、逆に言うと、基本コンセプトである『リアタイキャプチャアバター』という部分を変える気がないということなのだ。
「それじゃ、二人とも動きやすい服装に着替えて、アバターを作ろうか。衣装は色々揃えてあるから二人で選んでね」
「わ、わかったー」
「死語シリーズ
アバターの衣装を未那が自由に設定できるということ。
キャプチャ魔法には未那の透視魔眼が反映されていること。
アバターの解像度と作り込みがすごいこと。
この三つの事実に二人が気付くのは、もう少しだけ後のことだ。
いづれ阿鼻叫喚が展開されるのは語るまでもないことである。
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