幕間 赤広未那は夢を見た
「――お兄ちゃん!」
そう叫んで未那は飛び起きた。
なぜだかボロボロと涙が溢れて毛布を濡らす。
それを未那は不思議そうな顔をして眺めた。
急激に夢の内容が薄れていく。
それが悲しい夢だったのか。
それとも嬉しい夢だったのか?
怖い夢だったかもしれない。
辛い夢だったに違いない。
切ない夢のような?
幸福な悪夢だったかもしれない。
抱いていた感情さえも薄れて、やがて消えてしまった。
「……また、かぁ」
記憶できない夢を見るのは初めてではない。
というか昔からだ。
頻度はそれほどでもないけれど、妙に周期性があるような気がしている。
記憶できないせいでその周期を割り出せず、諦めたが。
というか兄が抱っこしたり添い寝してくれたりしていたので、記憶できない悪夢を見ることなんてどうでもよくなっていた。
「お兄ちゃん……」
その兄がいないから、記憶も感情も残さないくせに、澱のような不安を泥のように浮かび上がらせるこの悪夢の余韻が厭わしい。
スマホのアラームがいつもの目覚めの時間を告げるまで、未那は膝を抱えてじっとしていた。
「学校、行かなきゃ」
歯を磨いてシャワーを浴びて髪を乾かして制服を着て、自分で作った軽食を朝ごはんにして食べ終わったらまた歯を磨く。そうしたらお弁当を作って準備は完了だ。
三年とちょっと前からの習慣だ。いつもだったら兄の分も用意するからもう少し時間はかかるので、少し時間が余ったくらいだ。
なお、兄の分を用意するのは未那が自主的にやらせてもらっているだけで、この賃貸マンションに二人で移り住んだ当初は家事の全部を兄がやろうとしていた。
家を空けることがよくある兄が全部やってしまうと自分が困るからと、一連の家事をやらせてくれと頼んだ結果である。
未那が自分の面倒は自分で見られるようになったことで、兄が帰ってこないことが増えた気がするので、失敗だったとちょっと思っている。
でも抗えなかったのだ。兄の世話を焼くという欲望に。
あと、下着の洗濯を兄にさせることの羞恥に。今更ではあったのだけど。
まあ、兄に無理をさせたいわけではないから、これでよかったのだろう。
無理をさせて、それが遠因で兄まで両親のようになってしまったら、なんて……想像もしたくない。
ちらっと思い浮かべただけで、一瞬で顔から血の気が引く音を幻聴したくらいだ。
間違いなく、自分は壊れる。
「お兄ちゃんが、負けるわけないし……大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫。だからわたしは大丈夫」
兄が負けるわけがない。
兄が■■になることなんて、あるわけない。
兄が未那を■れてしまうなんてこと、あるわけがないのだ。
「どうして……」
無駄に時間が余ったのがよくなかった。
夢見が悪かったせいだ。
押し込めていた不満と不安と弱音が漏れた。
「どうして一緒に連れてってくれないの、お兄ちゃん」
自分は強くなったと思う。
兄には及ばないまでも、少なくとも足手まといになることはないと思う。
兄は今の未那よりも幼いころから様々に活動してきた。その中には当然、戦うことが含まれていたはずだ。
だから年齢の問題ではないと思う。
兄に準じる魔法使いが間違いなく未那以外にいない現状で、未那を頼らない理由がわからない。
若い世代の話を聞いたとき、それこそ自分の出番だと思ったのに。
いつか兄の重荷であることから抜け出せると思っていたのに。
支えられると思っていたのに。
こうやって兄の帰りを不安を抱えて待つしかない自分から、解放されると思っていたのに。
でも兄は決して無根拠で判断しない。
できないと言っていいくらい。
だから未那を連れて行かないことには必ず理由がある。
その理由を話さないことも含めて、根拠がある。
その判断が正しいのかは別として。
兄を困らせたくはない。
だから未那は自分なりに理屈をつけて納得するしかない。納得したふりをするしか。
納得していないから、魔物討伐配信なんてものを企んでいる。
自分は出演していないから。
自分は直接魔物討伐していないから。
そんな稚拙な言い訳、通用することなんてないのはわかっているけど。
それがせめてもの納得していないことの抵抗で、不満の発露であり、不安の発散だった。
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