第23話 赤広未那は(V)配信した(前)
そのとんがり帽子を被った半分目隠れの3Dアバターは突然デビューした。
『みなさーん、はじめまして――って誰もいないのに挨拶するのって想像以上に心にくるなって実感しているハルカワ・マリーです。
すごいね、視聴者ゼロから始める配信者生活。メンタルさいつよ即ちメンタリストだね。事前に考えた自己紹介挨拶文を読み上げることさえわたしには厳しいよ。
いや、普通は他のSNSなんかで導線張ってからデビューするっていうのはわかってるんだよ? でもね、わたし普段SNSとかやらないから。一応ついさっきアカウント作ったけど、このチャンネルの予告とか以外に使う気ないの。なぜならリテラシー持ってないとこに特攻するなって師匠には言われているから。ならVtuberはどうなんだってツッコミはあると思うけど……師匠には内緒だよ? このアバター作るのも撮影ももちろん魔法を使っているけどこれも内緒に――ってプロフィール紹介の前にわたしが魔法使いだってバラしてしまった……。もう段取りめちゃくちゃだよ、おーてぃーぜっと』
ドローン撮影でもしているのかというほど画面はくるくると動き、CGアニメーションと見紛うアバターの動きを的確な角度と距離で映し出す。『
このカメラワークとアバターの動きを見て、これがライブ配信だと思う視聴者はいないだろう。
『気付いたよ。視聴者数とかコメ欄とか表示するから頭パーンってなるんだ。というわけで、視聴者数とコメ欄をマスクしてっと。
よし、これでかつる。
では改めまして、世界を救うため世界に歯向かい魔法の普及を企む魔法少女ハルカワ・マリーです。
さすがに推敲時間十分では上手い言い回しとか背景とか設定できなかったのでそのままになっちゃったけど、これはリハ、これはテスト配信、と心に言い聞かせて、……続けるよっ。
さて師匠の言いつけを破ってまでなぜわたしがVtuberをやっているのか。まずはそこから語るのが本当はいいのでしょう。しかしそれを語ることはさすがに許されません。師匠がわたしのためを思って言いつけてくれているのはわかっているからです。師匠には大恩があります。その恩は語り尽くすことなんてできない……世界に見捨てられたわたしを育ててくれた師匠を、裏切ることなんてできない。
でもだからこそわたしは我慢できなかった。だからVtuberになった。
目的を語ることはできないけれど、わたしが皆さんに魔法を使いこなせるようになってもらいたいと思う、その思いは本物です。
どうか、少しでも皆さんが魔法に興味を持ってくれるよう、がんばりますのでご視聴よろしくおねがいします!』
そうやって深々とお辞儀したハルカワ・マリーは挨拶を終えた。
『というわけで、本日は魔女っ子クッキングと題して、魔法を使って料理をしていきたいと思います。
魔法少女なのに魔女っ子ってどういうこと、というツッコミはあるかもだけど、まあ語感がね。魔法少女クッキングって、なんかおままごと感がすごいので。それにウィキ先生によると魔法少女って魔女っ子ともいうらしいし。むしろ魔女っ子が先なんじゃないかな。知らんけど。なお、魔女っ子クッキングでもおままごと感すごいというツッコミには反論はないです。難しいね、ネーミングって』
喋りながらも手を動かし、ハルカワ・マリーはキッチンに食材を並べていく。
『では本日のレシピ、どーん』
並べた食材の上に
『レシピはオーソドックスな低糖質スイーツです。ぶっちゃけネットで公開されているレシピほぼそのままなので、もし今の段階で作りたいっていうならご自分で調べたほうがより適格な作り方がわかると思います。
というのも、わたしがこれから行うのは魔女っ子クッキング。すなわち魔法を使った調理なので、正直現時点で真似をするのはほとんどの人が無理だと思います。というか師匠以外できるとは思えない。
勘がいい人ならもうわかっているかもしれないけど、この食材とレシピの材料が合っていないのがわかると思う。そう、これら食材は、レシピに表示された材料の原料です。魔法でこれらの原料から成分抽出や加工を施して調理をするっていうのが、本日の配信題材なわけです。
調理に取り掛かる前に、なんでこんな突貫で配信開始しようと思ったのかっていうことをちょっとお話するね。それは、さすがにわたしもこれらの原料から成分抽出して更に調理まで行うってやるのは、何回もは厳しいから。原料を揃える手間がホント大変なの。なので普段は一度に大量に処理して、ストックできるものはストックするようにしているんだけど、そのストックが切れちゃって。でもお菓子作りはしなきゃいけない事情があるものだから、さあ作ろうって思ったんだけど、これって配信のネタにできる? って思いついちゃったから急遽ライブ配信にしたわけです。
いや冒頭見てもらえばわかると思うけど、ちょうどVtuber始めるに当たっての設定とか煮詰めるのに頭ぽーんってなっててちょっとテンションおかしくてやらかしている感はすごくあるんだけどもう始めてしまったからと開き直っているハルカワです、マリーです。どちらでも好きなようにお呼びください。マスクした表示欄には視聴者がたくさんついているという妄想のまま語り続けるわたしのテンションはヤバい』
アニメっぽくハルカワ・マリーの目の中がぐるぐると回り、顔が上気したように真っ赤に染まった。
先程までは、逆に非現実的なまでに滑らかに動いていたアバターの姿にラグが走り出す
『なんでこんなあぽーんとなっているのか、一応理由はありますですはい。この、アバターと同期したまま活動するの、すっごい脳に負担かかってる。これに懲りたわたしは今回の配信以降はライブなんかやらないと固く決意した次第。というか今回もライブでやる必要なかっただろJKと脳内友人がツッコミ入れてくる。ヤバい。反論できない。なんでわたしは突発ライブデビューなんかかましているんだろう。最初はアバターを作って試運転してみるだけのつもりだったのに、なんかいろいろあって気付いたらこうなっていた。そのいろいろとか思い出せないけど。もしやアバターに思考が侵食されている……? 仮想演算回路を組み込んだのがマズかった……? ちょ、ヤバっ――」
突然画面がお花畑に切り替わり、『しばらくお待ち下さい』のテロップが流れていった。
『――はい、デビューからの放送事故、本体が大変失礼いたしました。本体にはワタシに身を任せればいいと助言したところ、「あ、これ夢かー」と呟いてワタシに全権を委ねて寝落ちしたので、ここからはワタシ、マリー・ハルカワがお届けしますね』
目隠れした髪が右から左になり、声の調子が変わり、彩色がなんだか若干変わったアバターが、そんなことを言って小首を傾げてにっこり微笑んだ。
(続く)
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