幕間 赤広未那の話(後)―暴虐ブラコン誕生秘話―

「みーなーが昔っからヤベー人だったっていうのはわかったよ」

「いや、まあうん。否定はでけんのやけど、その背景とかを慮って、もうちょい気ぃつかった言い方してくれん?」


 若槻莉愛と美谷涼香はまだファミレスで駄弁るように話し合いをしている。


「スズちゃんが言ってたと思うんだけどー?」

「それ言われると弱いな……」


「ていうかスズちゃんらしくないなーって、前からちょっと思ってた。ぼうぎゃくブラコンとか、ヤベー女とか、みーなーのことネガティブな言い方するの、なにか理由あるの?」

「ホンマ、リアは見た感じより色々気付いとるし、考えとるな」


「そーゆーのもーいいからー」

「……まあ、せやな。言うてまえば、ミナが同情されんの嫌がるからやな」


「……よくわかんない」

「ミナはな、自分の境遇が不幸とは思ってないんよ。むしろおにーさんの妹だってこと幸運と思ってる。いやこれ、ウチの想像なんけどね。間違ってん自信あるけど。そもそも哀れまれるのって嫌なもんって……これはリアにはわからん感覚かもしらんね」


「うーん? えっと、同情されるのって、イヤなこと?」

「その辺、ウチも微妙に言葉にはしづらいんやけど、同情されるって、ある意味見下されてるって感じることはあるやん?」


「たしかに、バカにされているって感じは、あるかも? 言う人によると思うけど」

「そうそ。んで、それっておにーさんに育てられたこと、誇りに思ってるミナからすると、許しがたいわけや。なんせその理屈でいうと、おにーさんをバカにされてるようなもんやかんな」


「えっと、それってみーなーを悪い感じで呼ぶのとなにか関係あるの?」

「ウチは多分、当事者やない中では一番ミナの境遇について知っとると思う。そないなウチが、ミナに同情せんの難しかってん。それに、ミナはあんなやから、誰か諫める人も必要やー思うてな。同情してるわけやないけど、ちぃとは抑えようで、って感じで。あとミナが傍から見てどうなんかってのを自覚してもらえんかな、って思うたら、ああいう感じになってまったわけやな」


「うーぅん? ま、まあよくわかんないけど、わかったことにするー」

「ああ、うん。言い方変えるとな、ミナの境遇に遠慮してないって態度を取ろうと心掛けたー、いうこと。腫物ハレモノ扱いしてたら暴虐ブラコンとかやべー女とか言わんやろ? 形から入ったわけや」


「……スズちゃんがすっごく友達思いだってことは、わかった」

「よせやい。照れるやろ」


「あたしなら、みーなーに同情しないから?」

「……リア」


「だったらどうってわけじゃないよ? たんじゅんに、気になっただけ。あたしならみーなーに同情しないって思ったから、だから引き合わせたのかなーって」

「答えにくい、な……。そうやないって言うたら嘘になるけど、それだけやないって言うても信じんやろ?」


「それじゅーぶん答えてるよー」

「そか……ま、ミナにあくまで付き合え、は言わんから、たまにになるかもやけどまたこうして遊ぼか」


 莉愛はケラケラと。

 涼香は神妙に。


「え? なんのこと?」

「ん? 今、リアはミナに付き合えんいう話と違った?」


「え? なんでそうなるの?」

「ん? なんでそうならんの?」


 話がかみ合っていない。

 二人はしばらく疑問符を応酬するばかり。


「えっとね、あたし別に、みーなーのことキラいじゃないよ? やべー人とかは思うし、同情もしないけど。むしろうらやましい? それくらいまであるかも? えらそーなとこちょっぴり苦手かな、って思ってたけど、話聞いてそういうのも小さくなったし」

「ああうん。リアってそういう……」


「それに、楽しかったし。だから動画配信とかしたかったわけじゃないけど、なくなっちゃったのは残念、かなー」

「……それなんやけどな、おかしぃ思わへん?」


「えっと、それって、どれ?」

「ミナがおにーさんに言われたからってあっさり動画配信諦める、いうんはおかしないかなって、ウチは思うんけど……何がおかしいんか、うまく言葉にでけん」


「そうなんだ」

「あんま興味なさそうやな」


「まー。動画配信どうしてもしたいってわけじゃないしー、あたしみーなーのことあんまり知らないし?」

「せやろけど、もうちょい興味持った方がええよ。これ純粋な忠告なんやけどね、ミナがなんかおかしぃなってんときは、基本、おにーさんが絡んでることが多いってかもうほとんどそれや。そんで、おにーさんはもうなんかよくわからんレベルの超人やねん。権力とかはないかもしれんけど、影響力は確かにあるんよ、それも洒落にならんレベルでな。ミナがおかしぃってことはつまりそんなおにーさんになんかあったってことが多くて、……それやな」


「どれなの。……あ、ごめん。とっさに聞き返したけど、忠告自体よくわかってないかも」

「あー、うん。つまり……おにーさんに何かあった場合にミナがおかしくなる。逆に言うと、ミナの様子がおかしいなら、おにーさんになんかがあった可能性が高い。ここまではいい?」


「だいたいは」

「不安になる返しやな……。あのおにーさんになんかあったって、それはもう、表ざたにこそならんけど、実は世界規模でヤバいって場合があるってことやねん」


「しょうじきぜんぜん実感わかないけど、意味はわかったよ。お兄さんが最強で世界がヤバいんだよね」

「なんでいちいち不安になる返しするんか……。真顔やから余計に不安になるわ」


「何かシツレーなこと言われている気がする……」

「とにかく、ミナの様子がおかしい場合は何か起こってるかもしれんから、警戒はしといたほうがええ。ウチら、忘れがちやけど、ホンマ忘れがちやけど、全員が当事者やから。五年前のウチみたいに、いきなり巻き込まれることだってあるんよ……」


「忠告はわかったけど、警戒って言われても……って感じ」

「まぁなあ。ウチかて五年前で実感湧いたってんのに、魔法初心者やしな。誰かに師事せんと、魔法覚える機会なんてないんよ。その理由もミナから聞いて氷解したけどな」


「あ、それ少し気になってた。なんでみーなーに教えてもらわなかったの?」

「別に特別な理由はあらへんよ。ウチが勝手に魔法使いになるには特殊な才能がないといかん思い込んでたってだけ。ミナがわざわざ自分から魔法教える言い出す訳もなし。昔はおにーさんここまで不在が続くいうこともなかったし、ミナがウチを優先するとかありえんやろ。そんでも言うたら教えてくれたかもやけど、ミナやからな。割と覚悟がいるんは、わかるやろ? 才能あるなし判定からお願い言い出すんにもウチに知恵と勇気がたりんかった」


「わかりみがすごい」

「せやからミナが魔物討伐とか言い出した時には驚いたけど、チャンスでもあるなぁ思っててん。さすがの暴虐ブラコンもなんの訓練もなしにそないなことさせんやろってな。そんで話聞いてたら、才能要るんは間違いやないにしても、ある程度以上には誰でもなれるいうんから、マジか、ってなったわけや」


「あー。みーなーにしてみればー、スズちゃんが魔法覚えようとしないことが不思議だったって感じ?」

「せやろな。ミナからすると、遭遇経験あるくせして当事者意識がない思ってウチに苛立ってたんかもしらん。そんことに、魔法に興味があるの意外って言われたとき気づいたわ。信じられんかもしれんけど、最近のミナ、かなりやわっこくなってんからね。や、直近のアレは例外として」


「それは……なんかわかるような気がする?」

「そか。

 そんでな、さっき何を言いかけたか言うと、ミナはおにーさんに言われたから動画配信やめる言い出したってんでなく、おにーさんに何かあったから動画配信をしてられん、ってことなんやないかと思ったわけや」


「うーん? あ、言ってることがわからないっていうんじゃないよ? みーなーの態度思い出して、そんなことあるかな? って思っただけ」

「……確かにな。そういえば動画配信しないにしても魔法修行やらはやってくれる言うてたしな。余裕がないとか時間が取れんとかやったらそうは言わんね。これは違うわ。単なる思い過ごしかな」


「スズちゃんがおかしいって思ったならたぶんおかしいっていうのは当たってる――って思ったけど、五年もみーなーが怒ってることの理由に気づかなかったスズちゃんだし、あんまり当てにならないのかもー?」

「あいたたたた。痛い。マジで心が痛い」


「怒るのもみーなーがスズちゃんを心配してってことだと思うけどねー……。うらやましいな」


 テーブルに突っ伏して悶える涼香に聞こえないように、莉愛は呟いた。

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