第20話 赤広未那は転向した

 美谷涼香も若槻莉愛も、動画配信自体にそこまで乗り気ではないことを、未那は知っていた。


 当然といえば当然だ。

 未那は目的を隠さなかった。

 いくらその後のことを口約束で保証したとしても、自分たちが前座であると、しかも危険な目に遭わせると、そう予告されて心底から納得し、自ら進んでやりたがるわけがない。


 兄と面識があってその力の一端を目の当たりにしたことがある涼香は、多少納得できただろうけれど、莉愛に至ってはそのどちらもない。

 できるだけ兄のことをわかってもらおうと、解説の端々に混ぜたものの、効果があったかは怪しい。というか読めない。

 正直あの娘の思考回路や感性が未那にはよくわからないからだ。

 初期に精神負荷をかけて喧嘩しようとして、涼香に阻止されたとき、はっきり言えば莉愛のことは諦めていた。盗聴に気付いていたものの、むしろ突き放すようなことしか言わなかったつもりなのだが、なぜあれで戻ってきて少しは意欲的になったのか、未那には理解できていない。涼香のフォローがあったならまだわかるが、そんな暇は間違いなくなかったので、あの会話を聞いただけで転向したのは間違いない。訳が分からない。


 都合はいいから、さも自分が意図したかのように振舞ったものの、脳裏には疑問符が飛び交っていた。

 たぶん涼香もわかっていない。恐らくは未那が思考誘導したものと思っているのだろうが、冤罪である。


 まあ、結局は涼香と同じで、魔法を習得することに意欲的になっただけで、動画配信にはやはりさほど興味もなかっただろう。


 だから――


『動画配信したいんだったらいいけど、あんまりお友達の迷惑にはならないようにな』


 兄がそういうなら、『お友達』の迷惑になることはやめよう、と思ったのだ。

 

 知名度を利用して兄のことを大衆に知らしめるという目的はもちろん、動画配信は未那だけの目標で手段だ。

 その道筋が見えなくなったことも本当だけど、彼女たちの本意でないことをするのは『悪いこと』だから。

 学生の身分で問題を起こせば内申にも響く。未那にとっては今更で、どうでもいいことだけれど、涼香や莉愛にとっては違う。少し視点をマクロに置きすぎて忘れていた。

 学校に目を付けられているというのは盲点だったけれど、むしろ問題を起こす前にそれがわかってよかったと言える。今なら彼女たちには特に何もないだろう。


「最初から、わたしだけの問題はなしなんだから……」


 自分だけでなんとかする。

 むしろ誰かを巻き込もうというのが最初から、自分らしくなかった。

 それなのにどうして彼女たちを巻き込んだのか。


 それは未那が、自分の世界が狭いことを自覚していたからだ。

 兄と、……両親と、涼香と、学校の顔見知りと、ご近所さんと、顔も名前も知らないネット民にテレビの向こう側。

 それだけが未那を構成する世界で、挙句に関心の大半は兄で占められているばかりかそれ以外に対しては嫌悪や憎悪……認めたくないけど恐怖さえ抱いている。

 そんな自分を知っていた。


 だから自分だけで世間に影響を与えるなんて大それた真似ができるとは思えなかった。

 知識だけはネットで拾えるから、そういう判断はできた。


 だから部活という、学生ができる一般的な社会活動を利用しようと思った。

 

 それが失敗だったわけだけど。

 せめて学校で部活を立ち上げるために活動しているように見せていたらよかったかもしれない。

 あまりにもあっさりと諦めたから、裏を勘繰られた可能性はある。少なくともいきなり保護者に連絡を取ろうとする前に、未那に直接注意が来ただろう。そうなっていれば対策を考えることもできた。

 もはや後の祭りだが。


 いずれにせよ、もう二人には頼るべきではない。

 というか動画配信で人気を得るという方法自体を見直すべきだろう。

 もともと個人勢が世間に影響を与えるまでの人気を得るのは至難の業であり、あのまま動画投稿を開始しても、年単位を覚悟して、それでも目標値に到達できなかった可能性は高い。

 見込みが甘かったのだ。

 最強の魔法使いである兄を身近にしてきた未那の認識よりもずっと、魔法や魔物への世間の関心は薄い。

 莉愛の態度や涼香の指摘などでその認識のズレに気づいた。

 確かにその認識ならば、なんの後ろ盾もないちょっと可愛い(のかどうか世間的評価に疎い未那には判断できないが)だけのコンビが魔法によるダイエット実演なんかを配信しても早々人気なんか取れないと思うだろう。今は未那も全くの同意見だ。


 兄を配信者にすることを諦めるわけではない。

 その前段階である注目度を得る方法を考え直すべきということだ。

 

 その方法も、涼香からの指摘で思いついている。


「わたしがバーチャル配信者をやればいい……」


 もともとバーチャル配信者という選択肢を省いていたのは、兄を出演させるときに生身でないと説得力がないと思ったからだ。魔物討伐も同様に。その前段階でも、目に見えるダイエットというのだから当然、生身を映さないと説得力がない。

 けれど二人を出さず、魔物討伐を諦めるのならば、もはや注目度を事前に集める段階を生身に拘らなくてもいい。


 問題は、魔物討伐を兄から止められているからできないことと、そのせいでどうやって兄をデビューさせるか、注目度を受け継がせるかを一から考え出さなければいけないことだ。

 それにバーチャル配信者にしても個人勢で人気を集めるのは至難の業には違いないから、どこかの事務所に応募して合格するのが近道だが、目的を考えるとやはり企業に属するのは望ましくない。


 なぜバーチャル配信なのかと言えば、生身よりもキャラクターの受け入れ幅が広いと思われるからだ。


 生身だと倦厭されるようなキャラクターでも、バーチャルであれば許される。

 そんな風潮は確かにある。

 現実にいたらただの面倒な性格でも、マンガやアニメのキャラクターならばむしろ人気が出ることがあるのと同じだろう。

 

 未那のような気質でも被るキャラクター性によっては人気が出る可能性はある。それに匿名性により未那も多少はキャラを被ることに抵抗感が薄まる。


「魔法少女なんて……生身で名乗るのはさすがにアレだしね……」


 生身が紛うことなき魔法少女は苦渋の表情でアバターを作り、キャラクター設定を練り始めた。

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