第21話 美谷涼香は通信した
美谷涼香は禁じ手を使うことにした。
葛藤はある。けれどやはりどうしても納得できないのだ。
未那が何を考えているのかわからないことは珍しいことではない。
嘘は言わないけれど本当のことも言わないのが、涼香の知っている未那だ。
特にその内心を詳らかにすることは滅多にない。というか記憶にない。
その経験則に則って言えば、動画配信を止めることは本当で、その理由が『本当のこと』ではない。
ただ、それにも違和感がある。
「ミナがおにーさんの待遇改善を諦める? ありえない……」
呟いてみると、ますます自分の考えが間違っていないことを実感する。
それだけはありえない。
すると、動画配信という方法以外でその目的を成し遂げようとしているということになる。
けれどそもそも、それ以外の方法があるならばそもそも未那は配信者という手段を選ばなかったはずだ。その理由もこれまでに未那が端々で説明していたので、多少は涼香も理解している。
きっと未那は今の自分にできる唯一の手段として動画配信を選んだ。
そもそも涼香からすると部活を立ち上げようとした時点ですごく未那らしくないと思っていたのだ。その一事だけで、未那にとって苦肉の策だっただろうと確信できるほどに。
あっさり諦めたとき、ああ本当は部活立ち上げなんてしたくなかったんだなとすごく納得したものだ。
そんな苦肉の策に代わる案なんてそうそうに出せるものだろうか。
出せないと断言はできないが、やっぱり違和感がある。
けれどこれ以上は考えても答えは出そうにない。
だから本当は未那を問いただすのが正道だろう。
答えてくれる気はしないけれど、せめて、彼女の兄に連絡して訊く前に、そうするべきなのだろう。
けれど、未那に訊いたらはぐらかされた挙げ句に、兄には言わないようにと釘を刺される未来しか見えない。
「ミナは怒るかな……怒るよねぇ……」
未那の友達であることの特権――そんな言い方はしたくないのだけど、紛れもなく、これは特権だ。
最強の魔法使いとの個人的な連絡手段を持つということ。
それがどれだけ恵まれた立場なのか、それを得た当初はわからなかったが、今なら少しはわかっている。
未那も本当はわかっているだろう。
いや、わかっているからこその、兄の配信者デビューを後回しにしての魔法普及だった。
彼の力を理解できる者を少しでも増やすために。
彼の立場に少しでも近づいた者を増やすために。
涼香なんかよりもよっぽど理解して、その上で考えている。
その涼香でもわかる。
彼女の兄の功績が表沙汰にならないのは、何も彼を貶めるためではない。そうしたい連中がいないとは言わないが、それがすべてではない。
いかに最強であったとしても、彼だけですべての魔物被害を抑え込めるわけがない。けれどそんなことは被害に遭った者たちには関係がない。彼がいながらにして被害が出れば、その責任を彼に押し付ける者は必ず出てくる。というかいたし、いる。彼がそこにいなかったとしても、そういう者は必ずいるのだ。
だから完全に隠されているわけではないにしても、矢面に立たせないようにある程度隠されていて、莉愛のように完全に他人事と思っている者はまったく知らないという状態にあえて置かれている。
従って彼への連絡手段というのは実はかなり限定されているのだ。公平であることを求められる立場であるから。少なくとも表向きはそう示さないといけない。
そんな立場の者への個人的な連絡手段を持つということは、優先的にその恩恵を受けられる立場であるということだ。
というか未那の側にいるという時点でかなり恵まれている。間違いなく兄は未那の安全を優先するし、そもそも未那は準最強と呼べる魔法使いだ。
そういう立場であることに安心感を得ていることは否定できない。
その甘えが、なんだかんだと魔法を覚えようとしなかった根本的な理由であるかもしれない。自覚はしていなかったけれども。
未那や彼女の兄という存在とその立場を知っているからこそ、そういう力を持つ立場になることが怖かった。
振り返るとそういう部分がなかったとは言えなかった。
何が何でもという積極性がなかったのは間違いなくその甘えがあったからだ。
そうした甘えの象徴である特権を使用して、未那のことを探るというのだから、未那が怒らないわけがない。
けれど。
ここで傍観し、ただ魔法を教えてもらうだけ。
利益をただ享受するだけの立場に甘んじては、未那の友達を恥ずかしくて名乗れない。
覚悟を決めて、涼香は何度も文面を見返したそのメールの送信ボタンを、タップした。
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