第28話 赤広未那は再開した

「怪我の功名というか、不幸中の幸いというか、キャパについてはなんとかなる当てがあるよ」

「キャパって……このスタジオの広さのことー?」

「それとちごて、ミナのキャパ……要するに手を広げすぎて無理したりせんのかってこと。

 Vtuberとして活動しながら、ウチらにわりと高度な魔法を教えて、そん傍ら撮影して、動画を編集して、バーチャルに変換して、質問箱に寄せられる内容に対応したり……ウチにはもう全部はわからんけど、こんだけでも相当やろ?

 その上に人材見つけるための活動……というよりその下準備としてどうせいろいろ動くんやろ? 箱作るっていうからには、要は企業立ち上げるってことやん。ウチには想像もできんくらいの負担と違う? それ」


「まあ、ね。正直わたしの手に余るんだけど、動画関連の大部分はマリー・ハルカワがやってくれるから、なんとかなると思ってる」

「マリー・ハルカワって、あの使い魔ってアバターのことだよね」

「ああ……リセットはせんかったんね」


「うん。正直かなーり複雑だけど、長年燻ってた仮想演算回路がようやく使い物になったからね。想定していたのとは全然違うんだけど、これはこれで有用だし、これ一つを覚えてアバターに組み込むだけでそれなりの『使い魔』になるってことがわかったから。キミたちにこれを習得してもらえば後がかなり楽になるし。技術的特異点シンギュラリティと言っても確かに過言じゃなかった。さすがにこれを消去するのはわたしでもためらうよ」


「しんぎゅら?」

「シンギュラリティ。すげく簡単に言えば人間以上の知性を持つ人工知能が誕生するって仮説のこと」


「人工知能っていうとちょっと違うけど、人間以上の能力を持つって意味ではある程度当たってる。

 キミたちにはまだわからないと思うけど、あの動画の中だけでもとんでもない処理をこなしてたからね。明らかにわたしのスペックを凌駕してた。一つ一つを切り出せばわたしでもできるけど、あれだけ続けざまに、わたしの体を動かしながら、それもレートが追いつかない速度で展開するのは無理。限定条件下ではお兄ちゃんに匹敵するレベルだったよ」


「すごいんだろうけどー、どのくらいすごいのかよくわかんない」

「……。限定条件下って?」


「いわゆる仮想空間メタバース内と、わたしを介した現実空間に限った話ってこと。それなり以上の電子情報処理能力を持った演算機、つまりはコンピュータとインターネットワークがないとダメ。お兄ちゃんはそんなのなくてあれと同等以上のことをやってしまうけどね」


「えっと、その仮想演算回路っていうの? それ覚えたらあたしたちもそういうのができるようになるってことなの?」

「そんなうまい話があるかい」


「スズの言う通り、そこまでうまい話はないよ。マリー・ハルカワはわたしが長年かけて育ててきた仮想演算回路だからそこまでのことができただけで、キミたちはせいぜいアバターとの同期を自分だけで成立させられるって程度だと思う。それでも、成長速度がかなりの割増になることは間違いないし、逆に言えば思考誘導とか乗っ取られとかの危険もないってことだし」


「えっと、ちっとも関係ない話でごめんなんだけど、なんでそのアバターの名前、そんなのにしたの? 変だよね?」

「マジで関係ないな。変やけど」


「ハルカワっていうのは、わたしの名前が未那だから、ブラム・ストーカーのドラキュラに登場するウィルヘルミナ・ハーカーから取って日本風にもじっただけ。で、マリーっていうのはそのウィルヘルミナの旧姓ね。

 いや正直自分でもどうかと思うネーミングなんだけど、わたし、……正気じゃなかったし。

 どこからどこまで思考誘導されていたのかあんまり自覚してないんだけど……あのときはアバターの背景ストーリーを設定していて、ウィルヘルミナ繋がりで何かネーミングを考えているときに思いついたのがマリーで、マリーって普通は姓じゃなくて名前の愛称だし、ハルカワ・マリーならなんか帰化二世っぽいからちょうどいいとか思っていたような? それでもハルカワ・メアリとかにしとけばよかったのに……ちくせう……」


「へー……てっきりマリー・アントワネットからとったのかと思ってたー」

「パンがないならケーキを食べればいいじゃないってか? なお、マリー・アントワネットはそないなこと言うてんて話」


「言ったか言ってないかよりも、そういうイメージがついているってことが問題なんだけどね。まあ、過ぎたことはもういいよ。

 想定していたのとは方向性は違ったけど、いろいろ学びは得られたし、魔法に関しては間違いなく進歩したって言えるし、キミたちを鍛える方向性も定まったし。

 前に進んでいる。


 ――というわけで、今度こそ魔法修行、開始するよ!


 何気にここまで来て一切の実践的な魔法修行ができていないという事実!

 気付いて愕然としたし!」


「あー……たしかに」

「ホンマ驚愕やな……」


「それで、まずはキミたちに覚えてもらう予定の仮想演算回路の術式だけど――」

「その前にー、あたしのダイエットやってくれるっていう約束はー?」

「リアはブレんなぁ」


「リア……言ったように即効性のあるやり方はリバウンド必至。でもこれを習得したら、スマホのメモリを全部捧げるだけでパッシブに――リアが意識しないでも同じ魔法をかけ続けることができるようになるよ?」

「わかった」

「即落ち二コマ」

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