第3話 優しい命令

 クリス殿下の長い前髪から、少しだけ覗く顔から真剣な表情をされているのがわかった。

 

「あのふたりを私達が協力して、別れさせましょう」


「???ええっ?」


「別れさせると言ってもそんな酷いことはしませんよ」

 クリス殿下が少し可笑そうに小さくクスッとした。



「このままでは4人共が不幸になるでしょう。お互い愛のない婚約期間、そして長い人生を愛のない結婚生活送ることになるのです。こんなに悲しいことはありません。わたしはこれからの人生を共にする者とは、愛し愛される関係になりたいのです」


 それはわたしも同じ。

 心の中で激しくクリス殿下の言葉に頷く。


「貴女とわたしで一緒に知恵を出し合い、努力をしてお互いの婚約者に振り向いてもらえる魅力的な人間になりませんか?私は努力をせずに後悔することだけはしたくないのです」


 わたしはその長い前髪から覗くクリス殿下の真剣な表情と言葉に圧倒されて、思わず頷いた。


「ああ!ありがとう。シャンディ嬢。共にがんばりましょう」


 確かにクリス殿下のご提案だと、誰も不幸にならない。

 クリス殿下はアドニス様と、わたしはペイトン様と私達の磨き上げた魅力でお互いの婚約者をクラクラメロメロにさせて、愛し愛される関係になれるようになれば、みんなが幸せになる。



「やっぱり、シャンディは素敵だよ。愛しているよ」

あの見目麗しいペイトン様がわたしにメロメロになって愛を囁く?

 ちょっと想像しようとしたけど、わたしの貧弱な想像力ではイメージが湧かない。

 でも、クリス殿下の仰られる通り、嘆くよりも愛のために努力はしてみないと。


「はい!共に足掻きましょう!よろしくお願いします」


 わたし達はガッツリと握手を交わした。



「時にシャンディ嬢は、いつまで王都にいられるんだ?辺境伯と一緒にシーズンが終わったら領地に帰るんだろう?」

「7月に領地に帰りますので3ヶ月間は王都にいます」

「3ヶ月間しかないのか」


 ふむ。と言いながら、あごに手を当ててなにかを考えているクリス殿下。

「シャンディ嬢はその…無理を承知で聞くけど、明日はひとりで街に出れるか?」

「もちろんです!」

「えっ?本当に?」

 当然と言った顔でひとつ返事でしたら、クリス殿下がとても驚いている。


 無理もない。

 普通のご令嬢なら、外出は侍女と共に行動だろう。もし、高位のご令嬢なら、護衛までいるだろう。


 でもわたしは、辺境伯令嬢。

 高位の令嬢でもないし、ましてや守ってもらう程、わたしは弱くはないし、辺境を守る貴族として、自分の身は自分で守るのが当然と育てられた。

 それにタウンハウスには必要最低限の人員しかいない。

 隣国がいつ攻めてくるかもわからないのに、優秀な人材はひとりでも多く領地に残しておきたいのがうちの領地の事情だ。


「明日、作戦会議をしないか?」

「作戦会議?それは重要ですね」


 その時だった。

 クリス殿下を探しに来られたであろう人物が音もなく歩いてきた。

 そして、ペイトン様とアドニス嬢のふたりを見つけて凝視しているが、それも一瞬のこと。

 思い直したのか、すぐに真っ直ぐにこちらに向かってきた。


 その人物に気づいたクリス殿下は、そこで待つように手で合図を送り制止した。


「シャンディ嬢、明日の13時に共同墓地前だ。場所はわかるか?」

「共同墓地?公園の横の?」

「そうだ。そこに目立たない服装で集まろう」

「承知しました」

 

 共同墓地という意外な場所での集合に少しびっくりしたけど、わたしの返事を聞いたクリス殿下の眼鏡の奥の瞳がうれしそうに笑ったように見えた。


 ふたりでチラリと噴水の方に目をやる。

 ペイトン様とアドニス様はまだ抱きしめ合っている。

 そして、アドニス様がペイトン様の首の後ろに手を回し…


「シャンディ嬢、見るな。私の長い前髪を10秒見ることを命じる」


 思わぬ命令をされた。


 クリス殿下が長い前髪を指差している。

 そして、その奥にあるお顔が悲しげに笑った。


 わたしはその優しさにグッと込み上げてくるものを堪えて、呟くように、でも真っ直ぐにクリス殿下の前髪を見ながら10を数えた。


 クリス殿下も真っ直ぐに顔を上げて、途中から一緒に数を数えてくださった。

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