第30話 砦

 翌朝、クリスも家族と一緒に朝食を取り、領地の案内は早い方が良いということで、わたしがクリスの案内係兼護衛となり、朝食後すぐにふたりだけで出かけることになった。

 


 まずは日帰りのできるギリギリのところまで行く。

 案内といっても、戦争の心配のある領地にリゾート地や観光地は全く存在しない。

 自慢できるものと言えば、強固なつくりの砦や大きな川に架かる石造りの橋、海のように大きい湖、それといまの季節なら小麦畑だ。

 戦争がなくなれば、湖畔に小さな宿屋でも建設をしてひとりで経営してみるのも良いかもと夢は膨らむけど、今の状況では夢のまた夢だ。


 わたし達は、鉱山を守る領地で1番大きな砦を目指す。


「シャン、危ないからあまり飛ばさないでください」

「わたしは慣れているので大丈夫ですよ。クリスは隣国マッキノンでは乗馬されることはあったんですか?」

「たまに友人と遠出で乗馬をすることはあったので慣れていますよ」


 クリスは言葉どおり、乗馬には慣れている感じだった。乗馬のバランス感覚がとても良さそうだ。


 そして、隣国マッキノンのある方角を見てクリスは切なそうな表情をした。

「誰かを残してきたんですか?」

「いや、大事な友人が心配でね」


 大事な友人… 恋人でも置いてきたのかしら?

 隣国マッキノンを裏切るような情報をガフ領に持ってきたんだ。隣国マッキノンに残してきた人たちの安否が気になるのは当然だろう。


「そうなんですね。クリスの大事な友人に危害が及んでいないと良いのですが…」

「それは大丈夫ですよ」

 

 クリスは微笑みながら言いきったけど、それでも心配なものは心配なはず。

 クリスの気持ちを思えば切なくなり、どう返して良いか言葉が見つからなかった。


 その後はお互い無言で馬を走らせた。




「それにしても立派なつくりの砦ですね」

「そうでしょう。建設から100年は経っていますが内部も結構すごいですよ」


 シャンディがうれしそうに砦の案内をしてくれる。

 総石造の砦は俺が思った以上に大きかった。


「2年ほど前に大規模改修をしたんです」

 それは知ってる。

 シャンディが図書館で砦の改修のために、机に何冊もの本を積んで、考えていたよね。


 あれがこういう形となったのか。

 改めて、彼女の才能と努力に敬服する。

 細部までにこだわった使い勝手の良さは、男では思いつかない女性ならではの視点だろう。


 私の目の前でいろいろな部屋や驚きの工夫を説明してくれるシャンディは、図書館で会った時の芯の強い凛とした眩しいシャンディだ。

 

 変わらない。


 貴女の声が心地よい。


「クリス、ちゃんと聞いてる?」

「ああ、もちろんです。素晴らしい砦だと感心していたんですよ」


 シャンディは次から次に砦の騎士や使用人に声を掛けられる。


「まるで実家のようだな」

 私の呟きが聞こえていたのか、周りにいた者たちが屈託のない笑顔で声をあげて笑った。


「嬢はよちよち歩いている頃から、ここに来ているからな」


 そんな幼い頃からシャンディは砦に来ていたのか。驚きを隠せない。

 よく見れば、使用人達や騎士達は手や顔に傷のある者もいる。見えているところだけでもわかる傷があるのは、いままでの激しい戦歴の証拠だ。


 ガフ領がずっと激戦地であったこと。

 まだ戦地であること。

 この砦に来て、十分に思い知らされた。


 改めて、必ず今回の作戦を成功させると自らに誓う。


「シャン、この方はシャンの新しい婚約者か?」

 老騎士がシャンディに俺を指して聞いている。


「違いますよ。大事なお客様ですよ」

「そうか。残念だ。良い男だと思ったのに。シャンはもう恋はしないんだったよな」

「そうですよ。わたしの初恋は一瞬で終わりましたし、今は恋より仕事ですよ」

 シャンディが苦笑いをしている。


「シャンが失恋した時はそりゃあ、落ち込んで大変だったんだぞ」

 老騎士が俺に話しかける。


「もう、クリスに余計なことは言わないで!」

 老騎士がその当時を思い出したのか、クックッと笑い、シャンディは少し慌てている。


 シャンディはペイトン殿と婚約解消になって、そんなに落ち込んだんだ。

 わかっていても胸にズーンときた。


 シャンディはペイトン殿と婚約していたのは事実だし、愛を掴もうと奮闘をしてがんばっていた。


 落ち込むほどに、二度と恋はしたくないぐらいに好きだったのか?

 まさか、今でもペイトン殿を忘れられなくて、二度と恋はしないのか?


「シャンは初恋を忘れられなくて、もう恋はしないのか?」


 シャンディが少し淋しげに笑った。


 その淋しげな表情を見てこみ上げるものがあった。


 シャンディの淋しげな表情を見ていると、そんな表情をさせたくなくて、シャンディを抱きしめたくなる。

 ペイトン殿はなんて罪深いんだ。


「俺に恋をしろよ」

ボソリと心の声が漏れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る