第31話 忘れられるわけがない

「えっ?」

「えっ?」


お互いが顔を見合わせる。

 

「ありがとう。クリスは優しいのね。こんなわたしに優しい言葉をかけてくれるなんて。初恋は恋心に気づいた時には遅くって終わっていたの。初恋の人にはもう会えないし。だから、忘れられないと言ったらそうなのかも」


 シャンディが笑った。


 そうだよな。

 ペイトン殿はアドニス嬢と結婚をしたし、今更ふたりで会えるわけがない。

 やっぱり、シャンディはまだペイトン殿が忘れられないんだな。



「なっ、シャン。だから、この男は優しくて良い男だろ」

隣にいた老騎士が俺を見てニヤッとした。



「あ、あのクリス。ついでに聞いてみたいことがあったの」


 その時、誰かが呼ぶ声がする。

「ごめんなさい。ちょっと呼ばれたので行ってきます」

 

 慌てて、声のする方に走る。


 

 (びっくりした!!!クリスが急にあんなこと言うんだもん。言われ慣れしてないから、どうして良いかわからなかったわ。顔が熱い!)

 

 そして、わたしは初恋のことを聞かれて、クリスになにを聞こうとしたの。


「隣国マッキノンに留学した貴方と同じ名前のクリス殿下はどうされていますか?」


 わたしの初恋。

 忘れられるわけがないじゃない。


 


 走って行くシャンを老騎士と見送った。


「クリス殿下、シャンディを大事にしてやってください」


 老騎士がポンと俺の背中を優しく押す。

「えっ?」


 老騎士を慌てて見ると、俺に優しく微笑むと片手を上げて、背中を向けて歩き出した。


 俺のことを知っている貴方は一体、誰ですか?




 砦をあとにし、大きな川に架かる石造りの橋を見に行く。

 この橋も立派なもので荷物を満載に積んだ荷車が通ってもびくともしない。


「すごい橋だな。当時、建設にはどれくらいの時間が?」

「10年と聞いているわ」

「10年か」


 ふたりで川岸に座り、橋を見ながら持ってきた昼ごはんのパンをかじる。


「この橋は建設から何年経っているんだ?」

「50年ぐらいかしら。少し老朽化しているのよね」


 突然、橋の上が騒がしくなった。


「なにかしら?」

「荷車になにかあったようだな。行ってみよう」


 橋の上では、橋の中央で轍(わだち)にはまって、動けなくなった一台の荷車があった。

 そして、次から次にと前からも後ろからも馬車や荷車がやってきて、すれ違うこともできず、橋の上で喧嘩が始まりそうだ。


「シャン、持ってきた鞄にロープが入っている。持ってきてもらっていい?」


 そう言うと、クリスは騒ぎの中心に颯爽と駆けて行った。


 人々の中心でなにかを身振り手振りを交えて、指示をしているクリス。

 次第に一台、また一台と後退していき、轍にハマった荷車だけになる。

 そこに人々が再び集まり、わたしが持ってきたロープで荷車を引っ張り、後ろからも同時に押すと、あっという間に轍から抜けた。


 同時に人々から拍手や歓声が沸き上がる。


「兄ちゃん、見事な采配だったぜ」

 皆が口々にクリスを称えてから、それぞれの場所に戻っていく。


「さぁ、俺たちもそろそろネグローニに帰りましょう」

「そうね。クリス、お疲れ様」

 そう言って、クリスを見上げた。


 クリスのフワッとした黒い髪が風に揺れ、太陽の光を浴びてより一層、その瞳が輝きを増す。

 真っ青な綺麗な瞳…


 この色…

 一度、見たことがある。


 まさか…ね。ただの偶然。


 さっきのクリスは本当に格好良かった。

 躊躇(ちゅうちょ)せずに騒ぎに飛び込み、その場を収めたクリス。

 騒ぎの中に駆けて行くクリスの背中が頼もしかった。

 身振り手振りで采配しているその姿にただただ惹きつけられた。

 

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