第37話 使者

「カーディナルって、もしかして…」

「そうだよ。隣国マッキノンの皇太子、カーディナル殿下だ」

 予想通りの方からだった。


 クリス殿下は留学中の3年間でカーディナル殿下と文を交わす仲にでもなったのだろうか。

 殿下同士なのだから、ありえない話ではないが、前髪が長くてメガネ姿で、あまり人と関わりたくなさそうだったクリス殿下からは想像ができない。


 でも、いまの凛としたその姿からは安易に想像できる。

 先日の領地を案内した時の石造りの橋上で起こった騒動も、クリス殿下が中心となって、その場を収めた。

 あの颯爽と駆けて行った様子から、クリス殿下が変わられたことがわかる。

 クリス殿下はさっきの言葉通り「能動的」に様々なことに働きかけられているんだ。



「ソノラさん、手紙を持ってきた使者はまだいますか?」

「もちろんです。お会いになられますか?」

「はい。どちらにおられますか?」

「応接室です。ご案内します」


 部屋を出ようとしたソノラをクリス殿下が呼び止める。


「ソノラさん、申し訳ありませんがガフ辺境伯を呼んできてください。同席してもらいたいのです」

「わかりました」

 ソノラが慌てて廊下を走っていった。


「応接室には、わたしが案内するわ」


 いろいろ聞きたいことはあるけど、いまはそれどころではない。

 足早にふたりで応接室に向かう。


「こちらです。この扉の前で警備させていただきますので、なにかございましたらお声かけください」

 隣国マッキノンからの使者とはいえ、クリス殿下にとって重要なことでありそうだし、一緒に入るのはどうかと思う。

 なので、せめて騎士として護衛はさせてもらいたい。


 「中に入ってもらって大丈夫だよ。護衛をしてくれるなら、部屋の中でお願いします」

 クリス殿下が少し微笑んだ。


 わたしが聞いてしまって良い話な訳?

 戸惑いながら、クリス殿下の後に続いて一緒に応接室に入室した。


「トム!やっぱり!」

「おおっ。クリスも無事で良かったよ」


 再会するなり2人は駆け寄り、顔をくしゃくしゃにして、肩を叩き合い再会を喜んでいる。

 どうやらふたりは気心が知れた仲らしい。


「カーディナルからの手紙、読んだか?」

「まだだ」

「俺が危険を冒してわざわざ持ってきたんだ。早く読めよ」


 クリス殿下がずっと大事そうに持っていた手紙をまじまじと眺めてから開けた。


 クリス殿下が難しい真剣な顔をしながら読んでいる。


「そうか。すごいな。とうとう計画通りにクーデターは成功したんだな」

「そうだよ。あとは王の生捕りだけだ」

 クリス殿下がトムと呼んだ人物が嬉しそうだ。


「カーディナルや他の人は無事か?」

「そこに書いてあると思うけど、無血だよ。無事に決まっているじゃないか。王宮に残っていたのは皇太子派ばかりだったし、王派の老人達はみんな王について行っているしな」

 隣国マッキノンからの使者が可笑そうにクックっと笑う。


 

 急ぎめのノックがされて、父が入ってきた。


「彼がニコラシカ国のガフ辺境伯だ」

 クリス殿下が隣国マッキノンの使者に紹介する。

「そして彼が隣国マッキノンのカーディナル皇太子の側近のひとりで、トム・コリンズ。カーディナル皇太子がクーデターを起し、それが成功したことを知らせに来てくれたんだ」

「おおっ、そうでしたか。無事にクーデターが成功したんですな」


 クリス殿下がさっき開けた手紙を父に渡し、父は黙って手紙を読み出した。

 父が読み終わるのを待ち、クリス殿下が静かな声で使者のトムに聞いた。


「カーディナルの側近のお前が危険を冒してまでここに来るということは、手紙にできないことを俺に伝えたいからだろう」

「さすがだな。クリスはやっぱり鋭い。カーディナル殿下より伝言を預かっている」


 部屋が静まり返る。

 その伝言がきっと良いものではないとその場の全員が察したから。


「王のところに潜り込ませている諜報部隊によると、クーデターが起こったことを知った陛下が予想に反して王宮に戻らない。自暴自棄になってニコラシカ国を攻め、鉱山を手に入れたあかつきにはそれをカーディナル殿下との交渉材料にしようとしているとのことだ」


 ゴクリと喉が鳴る。

 それは戦闘が激しくなるという悪い知らせだ。

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