第60話 小話★俺に説明してくれ キール視点

 一体、なにが起こったんだ!!

 一瞬、自分の目を疑った。


 あのクリス殿下が寝台でシャンディを後ろから抱きしめて、ふたりで仲睦まじく座っているではないか!


 クリス殿下なんて、顔を真っ赤にしながらも愛おしいそうにシャンディの後ろ髪にキスをしているし、シャンディは恥ずかしそうにしながらもうれしそうな様子。



 俺は日頃、マッキノンに人質となって行っているクリス殿下とは全く会えないし、手紙も検閲があるので他人が読んでも差し障りがない内容の手紙しか書けない。

 だからクリス殿下の永遠の側近であり、親友であると自負している俺は、早朝であればふたりで気兼ねなく話しがゆっくり出来そうだと思い立ち、おもむろに早起きをしていそいそとクリス殿下の部屋に向かったのだ。


 もうすぐ夜明けのこの時間は、いつも鍛錬を欠かさないクリス殿下なら、間違いなく起きているはずだ。


 そう思って、クリス殿下が泊まっている部屋に行くと部屋の近くまで行って異変に気づいた。

 部屋の扉が大きく開いているんだ。

 まるで覗いてくださいと言わんばかりに。

 不審に思って、そぉっと覗いてみたら冒頭の様子だった。


 思わず俺は力を込めて、わざと大きな音で3回ノックをする。

 わざと大きな音を立てたことにも意味があるんだ。

 ふたりだけの世界にどっぷりのふたりに俺が見ている!と存在に気づいてもらって、イチャイチャに歯止めをかけるためだ。


 ふたりは俺がヒョイと扉から顔を出してもクリス殿下はニコニコしているだけだし、シャンディは照れているだけで、慌てて離れる素振りがない。

 クリス殿下がシャンディを後ろからぎゅっと抱きしめて離さないんだ。


 一体、ふたりになにがあった?


「ねぇ、早朝しか時間がないからクリス殿下と話しをしようと思ってきたら、扉が開いているとはいえ、この時間に寝台にシャンディとふたりでいるってのはどういうこと?その状態はなに?俺にわかるように説明してくれる?」


 クリス殿下とシャンディはお互いの顔を見合わせて、楽しそうに幸せそうに笑っている。

 ふたりでピンク色の世界を纏っている。

 もうこの部屋中の空気がピンクなんだ!!


 昨夜、ふたりはそういう仲になったのか?

 どう見ても事後の恋人同士か、初夜を済ませた新婚のような甘い甘〜い雰囲気を出している。


 うわー。

 直視出来ないようなピンク色はもいういいから、早くなんでそうなったのか説明してくれと思ってしまう。


 そして、俺の頭の中で『やっぱりそうだったんだ』と腑に落ちたのもそうだ。


 泣きながら笑うシャンディにクリス殿下が愛おしそうに優しく指先で涙を拭っている。

 そんなふたりの様子を目の当たりにして思わず微笑んでしまった。



「ふたりともあの舞踏会の夜に恋に落ちたんだな」

 自然とその言葉が口から出た。


 ふたりの様子を見て1番に思い出されたのが3年前のあの舞踏会の夜のことだった。


 あの時、ふたりがどんな会話をしたのか俺はよく知らない。

 俺が見たのは、遠くの噴水の前で愛を語らう恋人同士を生垣に隠れて悲しそうに眺めているクリス殿下とシャンディ。

 そして、なにかふたりは少し会話を交わしていたこと。


 でも確かにあの夜、クリス殿下のなにかが変わった。

 その綺麗な青い瞳に「希望」の火を灯した。

 それだけは感じていた。

 

 ふたりが俺の一言に驚いたようなそれでいて幸せいっぱいの表情で頷いてくれた。


「そうだと思っ…た」


 俺はふたりのその幸せそうな表情を見て胸がいっぱいになり、最後のほうは熱いものがグッと込み上げてきて涙声になってしまった。


 だって俺は、クリス殿下の今までのことも人質の3年間のことも、シャンディの3年間も知っている。


 ふたりとも一時は元婚約者との関係にひどく心を痛めていたことも知っている。

 だから、ふたりが昨日や今日だけの恋心や一晩の成り行きでそうなったのとは違うと、言葉で聞かなくてもわかる。


 ふたりにとって苦しい3年間だったに違いない。

 いろいろなことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


 クルッとふたりに背を向けて、込み上げる涙を堪えようとするけど熱くなった胸が収まらない。

 俺は自分の袖で涙を拭っていると、クリス殿下が寝台から立ち上がり俺のそばにきた。


 クリス殿下に肩を抱かれる。


「キール、ありがとう」


 クリス殿下の照れたようなその一言で俺の涙腺がとうとう決壊した。


 気づけば、クリス殿下もその様子を寝台で見ていたシャンディも泣きながら笑っている。


 泣きながら笑えるって、こんなにも幸せなんだ。

 本当に良かったですね。クリス殿下。

 



 (いつもは冷静に状況を判断できる俺なのにこの時は不覚にも相当乱心していたようだ。後から部屋の床に酒瓶と食料が散乱していることに気づいて、ふたりがそういう関係になっていないことをその状況から察して激しく反省をした。思い込みはよくない)

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辺境伯令嬢、殿下とお互いの婚約者の愛を掴もうと奮闘しましたが、どうやら拗らせたようです 植まどか @ma0520

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